郵便局の管理と犯罪
 


  郵便番号七桁制度は、高額かつ大規模なコンピュータシステムを郵便局に配置することで始まった。
  端末は、郵便を配達する現場の班単位にまで配備され、配達先の情報を日々入力するようになっている。そこには日々詳細な地域情報や個人情報が蓄えられている。サーバーは外に繋がっているわけではないが、もしこれが民間のその手の業者にでも渡れば・・・。
  サーバーが外に繋がっているわけではないとは言え、正直言ってセキュリティーなどというのは無いに等しいぐらいにお粗末である。その気になればサーバーから情報を引き出して圧縮し、フロッピーなどで簡単に外部に持ち出せる。
 
  その手の犯罪を防ぐには、ひとえに働くものの倫理観と信頼関係に頼るしかない、のだが、当局はこれまでその二つをことごとく職場から放逐していった。
  配達員の末端まで営業施策を導入し、やれラーメンを何個売っただの、やれお米(!?)を何キロ売っただのと、個人の成績表を棒グラフとして張り出し、職員間に足の引っ張り合いとも言える競争を持ち込む。そのうえ年二回もの人事交流という名の強制配転を行う。人選はほぼ現場管理者のさじ加減一つである。
  現場職員の当局に対する信頼関係など元から無かったに等しいが、ここに来て中間管理職まで疑心暗鬼にからめ取られつつある。自局の成績の低迷はそく自分の次の配転先にひびき、人事交流者の人選に温情をかけることもまた同様である。
  かつて労働組合等をつうじて築いてきた働くものの連帯感や信頼関係はずたずたにされ、職場はぎすぎすとした雰囲気に包まれる。

  コンピュータが導入されることによるセキュリティーの重要性は当局も認識していないではない。犯罪防止対策とも言うべき施策が上から降りてくる。
  信頼関係が失われた職場でそれを画一的に施行することは、ひたすら当局への忠誠度を測る物差しを次から次に繰り出していくほかはない。それまで黙認していた様々な事柄を、突然処分をも持ち出して強制しだす。ネームプレートの着用から始まり、局内の革靴、ネクタイの着用、大声を張り上げての犯罪防止標語の唱和、等々々、数え上げたらきりがない。
  これら人を小馬鹿にしたような小手先の施策は、それが高圧的に強制されればされるほど、さらに当局への信頼を失わせる。いや、信頼どころか憎悪を植え付けているに等しい。
  犯罪は減ることはない。

  正確な統計はないが、最近とみに様々な郵便犯罪事件をよく耳にする。上記のような状況の中で、当局にとってはいったん何か犯罪が発生すると、職員全てが容疑者に見えてくるのだろう。そのような中で起きた事例が、電送便でも報告されていた(注1)、個人ロッカーガサ入れ事件である。表向きは任意という口実のもと、全職員のロッカーを検査しようとしたという。たまたま職員に我が闘士(^_^;)がいて、果敢な抗議の末途中でやめさせたというが。

 (注1) 茨城県鹿嶋郵便局で、ゆうメイトが配りきれなかった郵便物を自分のロッカーに隠していた事件が発覚。住民から不着申告があったため、明るみに出た。(県内のみ4月25日に報道)
  これに関連して、取手郵便局長は職員のロッカーを一斉点検することを周知した。本人立ち会いとはいえ、あらかさまに職員を犯罪者扱いする管理者に職員は一斉反発。中には応じた職員もいたが、大半は点検を拒否している。
  郵政全労協・ユニオン取手支部は不当なロッカー点検をやめるよう、局長に対し、要求書を提出した。
  帰り際、郵便課長と副課長が更衣室に現れ、ロッカー点検に応じる様、迫ったが、私はこれを拒否。逆に写真を撮ってやった。 (電送便 発言番号26番より引用)

  しかしこのような事例は今やなにも特殊なものではない。例えば、最近郵便局の内部には、数ヶ所にビデオカメラが設置されるようになった。現金を扱う所、書留等重要郵便物を扱う所。職員は常に監視労働下に置かれるている。
  胸には写真入りのネームプレート着用が義務付けされ、入局の際は、それか、同じく写真入りの局員証明書を提示しなければならない。その職員通用門にもビデオカメラが据え付けられている。
  当局にとって、信頼関係が失われた職場から犯罪を放逐するには、郵便局そのものを監獄化する以外、打つ手がないところまで追いつめられているのだ。

  さて、我々労働者は、通いの監獄に通勤する囚人の地位に甘んじるしかないのか?

  当局がビデオカメラによる監視労働などという人権侵害を続けるなら、私たちも逐一その人権侵害を告発、暴露していくだろう。
  労使官僚一体となって働くものを辱める行為に抗して、働くものの連帯感を取り戻すべく、様々な試みを続けて行くしかない。
  犯罪を防止するには、結局私たち労働者間の信頼を取り戻していく以外はないだろう。

                                             (多田野Dave)

 


 
サラ金からは借りません念書
 


「サラ金からは借りないことを誓います」

  職員からの念書強制

  四月頃から関東郵政局管内において職員に対し、「防犯宣言書」なるものへの署名捺印を、半ば強制的に実施されてきていたのだが、先日、この〃局員への念書〃が一部マスコミに報道され、金融業者からも一斉に反発が出されるという事態になった。
  この〃念書〃(「防犯宣言書」)は、四月頃から関東郵政局管内の局において、職員に「借金はしているのか?」とか「ギャンブルはしているのか?」などと問いただしながら、「犯罪につながる多額の借金はするな」といった内容の対話とともに、いわゆる〃サラ金〃等からの借金は絶対しないことを誓わせるために、この宣言書に「署名・捺印」をせよと、一部の局では半ば強制的に行われていた。
  こうした職員の私生活にまで「命令」したり、プライバシーの侵害に当たることや、新聞記事でも金融業者が「横領などの犯罪を消費者金融のせいにするのは本末転倒だ」と言ってるように、合法的に営業している特定の業者に対する〃排除〃にもつながるといった問題から、職員の問でも疑問の声は挙がっていた。
  全逓関東地本も、このことを問題にしながらも、「部内犯罪を容認できないのは当然。今は重要な時期」として郵政局に理解を示すという始末で、地本が申し入れを行ったあとも一部の局では念書強制が続けられていたのである。さすがに、新聞報道がされたあとはパッタリと止まってしまったようであるが。
  今回の件は、ここ最近「部内犯罪」が多発している状況(局長や管理者もだが)や、また郵政に限らず増加している「過重債務問題」(カード破産等)といったことが背景にあるらしいが、今、全国的にも「職員管理」に〃突出〃していると言われる関東郵政局の勇み足だったようである。
  ちなみに、その後この問題を管理者に問いただしても「ノーコメント」である。    (森広治)

 

 
ゆうメイトの仲間達へ
社会保険料問題
 

ゆうメイトの仲間たちへ (1999年11月18日)

 郵政全労協・郵政労働者ユニオン船橋支部 土屋純一
   
いわゆる社会保険加入をめぐるさまざまな問題について

(−)私達がこの問題を知ったのは10月27日でした。この日、残業
拒否を理由に昨年の3月船橋東郵便局を免職処分になった桜沢さんの
「処分取り消し人事院公平審」が開かれていました。この日に東局集配
課のゆうメイトが日頃の職場実態について証言してくれました。この証
言の中で、今年の4月に総務課から、昨年の4月からの社会保険料20
数万円をさかのぼって請求され、それを支払ったという事実がわかりま
した。突然の話しなので事態がよくわかりませんでしたが、同行した同
僚のゆうメイトも同じように13万円請求され、いっぺんに払えないの
で分割にしてもらい、利息も払っているという話でした。二人とも社会
保険の話はそれまで局側から説明されたことはないし、もちろん保険証
も渡されていないということでした。私達は二人の話に驚き、事実関係
を東局総務課に確認しようということで対策を検討していました。その
矢先に読売新聞にこの問題が大きく取り上げられました。会計検査院の
調査では調べた700局のうち300局以上で5億円の保険料が未納に
なっているという記事でした。そしてその直後に偶然にも、船橋局でも
社会保険料をさかのぼって請求されたゆうメイトがいるということがわ
かりました。私達はやっと事の重大性に気づき、全力で各方面から調査
を行いました。その結果様々の事実が明らかになりました。

(二)この問題は明らかに郵便局側のミスであるにもかかわらず、弱い
立場のゆうメイト達から一方的に保険料を徴収し、みずからの責任を隠
蔽しようとしたのです。どこの局でもやり口は同じです。一人ずつ総務
課に呼び出し、請求額の内訳も説明せず、領収証も発行しません。証拠
書類を残さないようにしているとしか思えません。いっぺんの謝罪もあ
りません。こんな話がまかり通っていいはずがありません。
 私達の調査では東局で15人、船橋局でも10人以上のゆうメイト達
が請求されました。全国では数千人にのぼるものと思われます。私達は
専門家にも相談しました。法律(健康保険法、厚生年金法)では事業主
(この場合郵便局)の保険料納付義務しか定められていません。そして
専業主は「被保険者に毎月支払う金銭による報酬から前月分の保険料
(一カ月分)を控除する事ができる」こと等が定められています。さら
に事業主は2年前にさかのぼって保険料を支払う義務があります。しか
し被保険者(ゆうメイト)から1年もさかのぼって保険料を徴収してよ
いとはどこにも書いてありません。法律で定めがない以上、未納分の保
険料の支払いをどうするのかは事業主(郵便局)と被保険者(ゆうメイ
ト)が対等の立場で話し合い決めなければなりません。酬更尉則が何の
説明もしないで一方的に徴収することは出来ません。それが民主主義と
いうものです。でも今回の場合すべての責任は郵便局側にあるのは明ら
かです。郵便局が事業主としての当然の義務を果たさなかったのです。
従って保険料の未納分は全額事業主である郵便局側が支払うべきです。

(三)私達は今回の問題について、この間郵便局側や郵政局と話し合い
を続けてきました。そして11月15日、郵政局から一定程度整理した
形で回答がありました。「郵政省からは法律に基づいて対処するように
指導が来ている。各郵便局にもそのように指導している。ゆうメイトか
らさかのぼって保険料を徴収しているのは何ら問題ない。ゆうメイトに
はそれぞれ郵便局の担当者から説明しているし、理解を得ている」とい
う内容です。これに対し私達は@どのような法律に基づくのか、Aゆう
メイトには明細書も領収証も渡されていない、Bそもそもゆうメイト達
に納得出来る説明もなければ話し合いの場もない等々、現場の実態を突
き付け、再度回答するように要求しました。郵政局からは近日中に回答
があるものと思います。だだ一つだけ気になることがありました。それ
は私達の組合、郵政ユニオンにゆうメイトの組合員がいるかどうか質問
して来たことです。過去の経験でもそうですが、労働組合としてゆうメ
イトの事を取り上げると、ゆうメイト組合員がいないということで最終
的には逃げられてしまいます。その事が大きな壁になっています。今回
の問題は船橋だけの問題ではなく、全国のゆうメイトの問題です。郵政
当局の言い逃れを許さないためにも、多くのゆうメイトの皆さんから私
達郵政労働者ユニオンに、今回の問題に関するすべての交渉についての
委任状を頂きたいと考えています。     (ともに働く仲間達へ!)

              
<資料>    
ユニオン船橋99第4号          1999年11月24日
船橋郵便局長 鈴木千代二殿
            郵政全労協郵政労働者ユニオン船橋支部
                      支部長吉橋登志彦

             
要求書

 郵政労働者ユニオン船橋支部 、ゆうメイトの社会保険加入問題につ
いて、以下のとおり要求を提出します。早急に交渉の場を設定し、誠意
をもって回答されるよう要請します。

1、船橋郵便局と船橋東郵便局のゆうメイトの社会保険加入にともない、
過去にさかのぼって保険料を徴収した経緯についてユニオン船橘支部が
調査したところ、当該のゆうメイト達は事業主である郵便局から社会保
険加入についての事前説明を受けておらず、突然保険料を請求され、ほ
とんどがその根拠も示されず、納得出来ないまま半ば強制的に徴収され
ている。中には1年前にさかのぼって、20数万円徴収されたゆうメイ
トもいる。驚くべきことに、本人はその間社会保険加入を知らされず、
当然保険証も渡されていなかった。そもそも事業主は健康保険法と厚生
年金法に基づき、労働者に社会保険制度についての説明をきちんと行い、
毎月の賃金の中から一カ月分の保険料を控除して社会保険事務所等に納
付する義務がある。今回の場合、船橋局および船橋東局は事業主として
このような法に基づく義務に違反していたのは明らかである。したがっ
て当該のゆうメイト達からさかのぼって徴収した社会保険料のすべてを
各自に返還し、それを郵便局側の資任で全額負担することを要求する。

2、当該ゆうメイト達のすべてが請求額の明細書および内訳を渡されて
いない。また支払った後も領収証さえ受け取っていない。徴収した担当
             −1−
者が着服横領したと言われても仕方がないし、当該ゆうメイトにしても
支払ったという証拠が何ら残されていないのである。意図的に証拠書類
を残さないようにしているとしか思えない。郵便局内においてこのよう
なずさんな形での金銭の受け渡しが行われているということは到底許さ
れる事ではない。なぜこのような不当な金銭の授受が行われるに至った
のか、実態を調査して責任体制および金銭の流れ等すべての事実経過を
明らかにすること。

3、ユニオン船橋支部の調査によると、当該ゆうメイトは船橘局で20
名、船橋東局で15名いるが、そのすべてのゆうメイトに対して今回の
「不祥事」についての謝罪を行うこと。そして郵便局側に対する不信感
を払拭するためにすべてのゆうメイトに対して事実関係を明らかにし、
納得出来る話し合いの場を設定すること。

4、今回の問題を教訓にして、今後はすべてのゆうメイトの労働条件の
向上と福利厚生について十分配意するともに、ゆうメイトの申告および
要求について誠意をもって対応すること。           以上。

 

 
いじめと退職強要を告発
 


岐阜垂井局「辞職承認処分取消し」人事院公平審開く

岐阜県垂井局に昨年四月に入局した才田真大(さいだまさひろ)さん(26)は、上司から
のいじめと退職強要により八月に辞職願を書かされ三一日辞令交付された。しかしこれ
に納得することができず、十月五日人事院に「辞職承認処分取消し」の審査請求を起こ
した。今年三月九日から十二日、岐阜市民会館でこの処分に関する人事院公平審査が
開かれた。この闘いには郵政ユニオン東海をはじめ、愛知全労協と名古屋管理職ユニ
オンが全面的にバックアップした。
 以下、郵政ユニオン東海の『未来人』よりダイジェストを載せる。

事件のあらまし

 石川県金沢市出身の才田真大君は、九八年四月一日に期待に胸膨らませて、総担実施局である岐阜県の垂井(たるい)郵便局外務係に採用となる。しかし、わずか五カ月後の八月三一日、退職させられることとなる。
 かねてから希望していた郵便局員になった才田君は、一日も早く仕事をおぼえようと必死でがんばったのだが、初めてバイクに乗る不慣れも手伝い、思うように配達が進まず、六月中旬ころからたび
たび管理者等から「配達が遅い。」「誤配が多い。」と注意されるようになる。
 度重なる上司からの゛注意(叱責)゜によって、才田君は精神的に悩み、ストレスがたまり、六月下旬、ついに大垣病院の精神科で受診することとなる。そして「不安神経症」と診断される。また七月上旬には、名古屋中央局内にある部内のカウンセリングセンターにも相談に行っている。
 そして七月下旬、東海郵政局人事部へ自分の悩みについて電話相談したのだが、このことが事態を急変させることとなる。
 電話相談した翌日、頭越しに郵政局へ電話したことについて局長からひどく叱られ、局長室で入局の際読んだ゛宣誓
書゜をもう一度読んでみろと言われ、「上司の命令に逆らった!」とか「郵便局を
辞めてしまえ!」と脅されるのである。これ以降、局長・副局長・局長代理等から「辞めろコール」が断続的に続く。
 局長から「辞めてしまえ!」と言われたことで、才田君はさらに精神的に追い詰められ、仕事に集中できなくなり、再び、八月中旬、東海郵政局へ前回と同様の内容で電話相談するが、局長からもまた
怒鳴られ、「金沢へ帰れ!」とも言われるのである。
 その間の垂井局当局の組織的な退職強制の手口は、才田君の精神状態や新入職員であるがゆえの知識不足を逆手にとって、「今は条件付任用期間だから、自分から辞めなければ分限免職にする。」とか、金沢のお母さんにデマを吹聴して辞めさせるように仕向けるなど、実に悪質この上ないものであった。
 才田君は「絶対に自分から辞職願を書かない。」と自分の心に言い聞かせていたものの、八月二五日、辞職願を机の前に置かれ、退職強制をされ続けたことに耐え切れず、極度のパニック症に陥り、恐怖心からついに辞職願を書かさ
れることとなり、八月三一日に辞令交付された。

 人事院へ不服申し立て

 才田君は辞職願を書かされて以降、それに納得できず、「市民法律相談」や朝日新聞に掲載された名古屋管理職ユニオン主催の「職場のいじめ110番」などに相談し、自ら当局と闘うことを決断す
る。そして、一〇月五日、人事院に「辞職承認処分取り消し」の審査請求を提出したのである。その後、名古屋管理職ユニオン役員の同伴の下、垂井局長へ団交の申し入れも行っている。
 
 才田君と才田君のお母さんの尋問

 才田君は仕事が遅いと責められ続け、精神科へ通院せざるを得なくなった。そして、自分の悩みをだれにも相談に乗ってもらえず、やむなく東海郵政局へ電話相談した翌日から局を挙げてのいじめと
退職強要が始まる。
管理者らは、「自分から退職願を書かなければ、分限免職にする。」「今週一杯か今月一杯で辞めてもらう。」「郵便局にいた五カ月間はフリーターでもやっていたと履歴詐称せよ。」などという暴力的言辞を才田君に浴びせるのである。さらには金沢のお母さんにも電話で、ウソを並べ立てた挙句、「あなたの息子さんには今週一杯か八月一杯で辞めてもらう。」という児戯な手口も弄したのである。以上の事実を才田君はリアルに証言した。

 松波局代と三浦労担への尋問

 当局側は、才田君がいかに゛ダメ゛な職員であったかを印象づけるために、「対話シート」「誤配記録表」「欠務記録」など膨大な書証を出してきた。しかし書証のほとんどが虚偽のものであり、当局側答弁書を裏付けるために作成されたもので、でっち上げであることを一つ一つ完膚無きまでに打ち崩す。
 とくに、゛八月二五日に本人の意思で辞職願を書いた゜という当局の筋書きは、八月二二日作成の九月の勤務指定表では既に本人は居なくなるという前提で作成されていたことを追及され崩れてしまった。これにより松波はついにごま
かし切れずに、無残にも証言不能に陥ってしまったのである。
 また労担の三浦は、八月二五日の夜、副局長が居るにもかかわらず立合いを求めることもせず、松波と共謀して辞職願を書かせ、局長の予定を確認することもないまま、八月三一日の辞令交付日を本人に通告した不自然さを露呈した。

 主治医に対する尋問

 午前中、玉田局代への尋問。簡単に終わる予定が、玉田、ボロボロになり、二時間も費やす。午後から公平委員による大垣病院の才田君の主治医にたいする尋問を行う。

 山下副局長への尋問

 常に局長と共に才田君に退職を強要した首謀者である副局長の山下は、反対尋問に対して終始「記憶に無い」「知らない」を連発し、公平委員長から「主尋問との落差があまりに大きい。真塾な姿勢で
証言せよ。」と注意を受ける。
 当局側書証(対話シート)の中でも才田君が精神的に追い詰められている状況が記載されているにもかかわらず、何を聞いても山下は、「元気そうだった。」の一点張り。極め付けは、才田君は郵政局へ電話相談したときに精神科への
通院も報告しているのだが、山下は才田君が通院している病院が「何科の病院だか知らなかった。」と証言。「なぜ聞かなかったのか?」の尋問に「元気そうだった。」とフザケタ証言。そして山下は、精神科へ通おうがなにしようがすべては「本人の意欲の問題だと感じた」と言い切ったのである。職場のメンタルヘルス対策を指導した人事院通知の存在すら知らない管理者の証言は、郵便局が人権のかけらもない暗黒職場であるとい
うことを傍聴者に強く印象付けたのである。
 四日間、仲松弁護士の献身的な奮闘をはじめ、支援傍聴の仲間に支えられて当局を圧倒してきた。
 才田君の決意がなければ郵便局の常軌を逸した人権侵害事件が闇に葬り去られるところであったのである。

    (伝送便No.241四月号より転載)

 

 

 
書留室に指紋照合機を導入
 

指紋照合機を導入
     監視・管理強化進む書留室

                              
 一九九六年十一月、当局は突然周知・説明をほとんどしないま
ま、書留室のレイアウトを変更した。これは、その前の月の業務考
査で、「書留室の出入口が多すぎる」との指摘を受けてのことで、
今まで書留室で行なっていた集配課との授受をやめ、今後、集配課
との授受は開閉式の窓を設けて行ない、書留室への出入口を一カ所
にし、当該職員以外は入れないようにするという話だった。当局に
変更する理由を聞いても、「防犯上必要である」という回答のみで、
そんなに当局としても真剣に考えているということではなく、ただ
上からいわれるからやるという感じだった。
 結局、火災など起きた場合出入口が一カ所になるのは問題であ
る、ということで緊急避難用にもう一カ所出入口を設ける(本当は
集配課との授受用の開閉式窓が小さいため大型の郵便が授受できな
いため、出入口が必要というのが理由)ということで、一応この間
題は解決した。確かに今までルーズな面があったことも事実で、極
端にいえば誰でもが書留室には入れるようなレイアウトではあっ
た。でも、現局舎が完成して十年、今までも業務考査を実施してきた
にもかかわらず、なぜ今頃、というのがその当時における職場での
雰囲気だった。

 数千万円がある日紛失

 事件は突然起きた。一九九七年六月末、集配課との授受の際にお
いて、数千万に及ぶ「資金紛失事件」が発生した。今日に至っても
事件は解決していない。その後の職場は一変する。当日勤務のもの
を中心に、事情聴取・ポリグラフが行なわれ、中には尾行までつく
始末である。これらについてはこちらから問題あり、ということで
その後、幾分緩和はした。当然職場の雰囲気は暗くなる。更に「防
犯強化」と称しレイアウト変更を含め様々なことが行なわれた。ま
ず、書留室がより密室に近い形になった。どのような形になったか
は、紙面では説明しにくいが、防犯強化のわりには、付け焼き刃的
に変更された。どうせ変えるのなら、空調施設もきちんとした完全
な一つの部屋を作るべきと私たちは主張したが、ここでも形式が優
先され、中途半端なものとなった。おかげでクーラーが入るまでは、
この中は暑い、暑い。しかし、職員に対する監視・管理は異常なほ
ど強化された。書留室の出入口は、常に監視できるよう課長席はじめ
管理者の机などの位置が変更された。また、監視カメラも二台設置
された。 一つは書留室の出入口、もう一つは集配課との授受窓のと
ころ。更に驚くべきことに、「指紋照合機」まで設置された。これ
は、職員がコンピュータに指紋を登録し、書留室に入る際、人差し
指を機械にあて、照合すれば、扉が開くというもので、当時当局に
聞いたところ、民間ではかなり導入されているが、郵便局では全国
でも数カ所しかないというものだった。業務面を考えてみても、い
ちいち指紋をあてて入らなければならないため、支障をきたすのは
当然である。しかし、いうまでもなく最大の問題は、これは人権侵
害のなにものでもないということである。体の一部をいわば管理さ
れるということである。さらに、配転していった者については登録を
その場で抹消されることになっているし、非常勤職員にまで登録の
拡大はされていないが、登録された指紋が悪用される可能性だって
ないことはない。大変なことである。
 だが、ここで問題なのは、自分も含め労働者の意識である。この
機械の導入を許し、更に今では面倒くさいなあ、と思いつつ、人権
侵害に対する意識が薄らいできているということである。確かに、
大変な事件が起きた。防犯を強化するのも当然かもしれない。でも
やっていいこと、悪いこと、許していいこと、悪いこともあるはず
だ。聞けば関東のほうでは、局舎中に監視カメラが設置されている
局もあるという。この機械が全国のほかの局でも取り入れられるこ
とも考えられる。当局は日頃「同和問題研修」等で人権云々という
が、それは全く形式のもので、大義名分さえあればなんでもやる。
職員を全く信用していないことがこの機械設置ではっきり分かる。
だから、いつでも監視・管理されている、そういう意識だけは忘れ
ないでおこうと思う。             (広島通信員)
                (伝送便No.246九月号より転載)
 

 
人事交流犠牲者の鎮魂
M君への手紙
 

【東京多摩】

「人事交流さえなければ・・・」
   
あいついで命を絶った郵便労働者

  四月六日、東京多摩で二人の郵便局員の通夜がいとなまれた。
 ともに自殺だった。背景には郵政の進める「人事交流」があった
 という。編集部では今回亡くなった二人を知る五日市局の棣棠浄
 さんが書いた手紙を報せる(本名は頭文字にしました)。

   緑豊かな五日市局から繁華街の国分寺局へ配転
       一年半後に・・・
    M君への手紙

 すでに聞き及んでいると思いますが、相次いで郵便労働者が自ら
命を断ちました。いや断たざるをえない状況に追い込まれたと言う
べきでしょう。そしてお二人とも顔見知りで共に仕事をし組合運動
においても一緒に行動した仲間でもあります。
 一人はK君(四一才)、四月四日日曜、お昼頃にソーっと家を出
て、昭島駅構内で電車に導かれるように帰らぬ人となりました。 
 一昨年九月一日の辞令で、五日市の郵便外務から国分寺局の
集配課へ"人事交流"。 一年半後の四月一日、つまり先日の四月
一日に貯金課外務への辞令、二日間職場へ行っただけでした。
 五日市局に採用になったのは九年くらい前でしたか。すでに私は
全逓から除名、郵多労を旗揚げした時期で、それでも全逓に加入
する影からの応援はしたのです。 生真面目で後輩の面倒もよく見
ていました。 おとなしく、自ら友人関係を作るタイプではありません
でしたが、皆から信頼されていたことは、間違いありません。 「何度
も見合いをしたけど縁がなくて・・・」笑って話す親孝行息子でした。
 人事交流は「希望」だったのですが、承知のとおり、職員申告書
にはやむを得ず局名を書いたことが、本人も含めて“希望”と表現
されるのです。 五日市では、やむを得ず全逓に所属していました
が、国分寺では職場の状況も考え、全郵政に加入、でも職場環境
の変化は、つらいものがあったようです。
 緑豊かな日の出町大久野から、国分寺駅北口の繁華街、旧住所表
示から新住居表示地域へ、物の量の違い等等、更に、人間関係も、
組合のあつ轢が関係したのか、全逓はフォローできず、加入した全
郵政は、「仕事に慣れない」人に対する村八分的対応があったので
しょうか。 とけこめず、昼休みも一人で屋上で休んでいたと聞きま
す。 そうした心の空洞に総務から働きかけがあり、欠員の貯金保険
外務を埋めるため、彼に白羽の矢が立ちました。彼はその働きかけ
を受けました。従ってこの場合も“希望”ということになりました。
 彼の性格から考えて、進んで"馬の目を抜く"奨励職場を希望すると
は思えません。案の定、ご両親に聞いた所ではその話があってから、
より一層沈みがちになり、五日市で働いていたことを話すようになり、
つるつる温泉にもご両親を伴って行き、「ここらを配達していたんだよ。」
と話して聞かせたそうです。
 四月一日、辞令が出て何とかあいさつをして回ったものの、二日
の「歓送迎会」から帰って来て、「自分がダメになりそう」「仕事に
自信がもてない」と話し、ご両親は「皆ができることをKにできな
いはずはない」と励ましたそうですが、寂しくて二階から布団をも
ってきて、二日、三日とご両親と一緒に枕を並べたのです。自覚症
状があったのでしょうか。三日には精神科に行き、すぐにでも入院
したいと相談したそうですが、空きがなく、五日に医者と相談する
ことになっていたそうですが、それを待てずに帰らぬ人となりまし
た。何度か貯金保険課への配属を断ろうとしたそうですが、口から
出せなかった・・・と聞きました。
 昨年九月、五日市局での人事交流"歓送迎会"(五日市から出て
行った人達にも声をかけています) に誘ったとき、たまたま国分寺
の会も重なって出席できなかったことを残念がっていたことが思い
出されます。
 六日のお通夜の席には、五日市からは二〇名を越える共に働いた
仲間が別れを惜しみましたが、国分寺局からの参列は少なめでし
た。九日にもかつて、K君に通区訓練をしてもらった若い全郵政の
組合員と二人でご両親を訪ね話を聞いてきました。親孝行の息子だ
ったと涙されていました。
 もう一人は、青梅局集配課のNさん(五三才)です。今年三月の人
事交流の対象として何度も課長と対話が行われ、本人は拒否し続け
ていたと聞きます。結果は、対象から外れたのですが、その後問も
なく、仕事上のことで集配課長とトラブルを起こし、翌日休暇だっ
たのですが、出てきて、退職願いを提出、その日の夜から行方不明
・・・。 やがて車が小河内ダム近くの駐車場で発見、捜索願が出され、
探していたのですが・・・四月五日、奥多摩湖で帰らぬ人として発見さ
れたと聞きました。
 かつて全逓多摩西支部時代には、何度も会って話した人でした。
青梅もSさんが飛ばされて、重石がなくなり組合員の不安が増大し
ていたことは確かでしょう。 しみじみSさんが話していました。
「今まで俺たちは何のために組合運動をしてきたのか」と。

                    (伝送便No.242五月号より抜粋)