「集配拠点、郵便貯金・簡易生命保険の外務営業拠点の再編」
に反対する、10月27日参議院会館院内集会


又市征治参議院議員(社民党)の問題提起
 
(06/10.31)
 
 

本日の問題提起(郵政民営化) 06.10.27 又市征治

  きょう郵政公社および総務省においでいただいたのは、郵政民営化法が小泉政権のああいう異常な手法で成立しました。
  その過程で明らかになったように、地域住民や自治体の首長さんたちなど、郵便・貯金・簡保の3事業、ひまわりサービスなどが、地域で果たしている公共的な役割について知っている人たちほど、民営化に反対の声が強かったという事実です。

  そのことは私も総務委員会、また郵政特別委員会で繰り返し質問してきましたが、結局、国民に・民営化による影響のほんとうの重大さが理解されないまま、強行されてしまった。
  しかしその声を無視できなくて、賛成派の自民党議員も賛同して、非常に丁寧な附帯決議が一応付いたのですが、その後、現在の民営化の準備過程の中では、総務省はほとんど手を引いてしまい、郵政公社はといえば早くも営利、効率優先に引きずられて、附帯決議でうたわれたユニバーサルサービス等々がほとんどホゴにされてしまっている。
  その結果の一つが、きょうのテーマである、過疎地の郵便局のいわゆる「集約化」という名の切捨て政策であるわけです。

  それについては今から議論するとして、民営化の弊害は多様な方面にわたっています。
  その中で私からは、現場労働者の過酷な実態を指摘しておきたいと思います。

  第一に、いま郵政の現場では、「深夜勤」とか「仕分けの立ち作業」などの非常に過酷な労働が強要されている。なぜそうするかといえば、クロネコヤマトなどの民営企業に負けないよう、少ない人件費で利益を上げるためです。その陰で労働者はボロボロに使い捨てられていく。
  ユニバーサルサービスを使命とする郵便事業が、なぜそこまで労働者を酷使して利益を上げなければいけないのか。

  また第二に、営業至上主義で年賀状やゆうパックの販売をノルマにし、最後は買い取らせる、いわゆる「自爆営業」。これを私が突いたら、生田総裁は「私は禁止した」と言いながら、「熱心な中間管理者が善意でやらせているかもしれない」などと、満州事変の日本軍部みたいな責任逃れの答弁をしました。
  それらの結果、せっかく身分保障があるといっても体力気力を無くし、自分から職員を辞めてゆうメイトの身分に切り替わっていく労働者も出てきた。
  いまや職場によっては半数以上が低賃金・不安定な非正規労働者に置き換えられている。
  これを利用者サイドから見れば、誤配や遅延、紛失という被害が多発している。

  このようにユニバーサルサービスを内側から崩壊させているのが民営化路線です。
  これでは商業主義自体も破綻する。郵貯の民営化の矛盾点は省略しますが、現場の体制を考えても3事業は一体で初めて効率も利益も保たれてきたのです。
  ニュージーランドやドイツの例もあります。私は必ず近い将来、郵貯・簡保も含めて民営化路線の反省、公共サービスとしての再建の日が来る、いや世論と政治のカで来させなければならないと思っています。

  きょうの話し合いはその第一歩だという展望を持って、地域および郵政労働者の皆さんも、また不幸にして今、当局側で目の前の民営化の仕事、かりそめの効率化にほんろうされている公社や総務省職員の皆さんも、お互い国民として胸襟を開いて話し合っていただきたい、このことを申し上げて、この会合の趣旨説明といたします。

 
イヴェントギャラリーのメニューへ
 

伝送便トップへ