トップへ

京品ホテル争議、立ち退き強制執行肉弾戦!     (01.28)
 郵政ユニオンの仲間も支援に駆けつける

本日(1月25日)、昨年の秋から廃業攻撃にも負けず、労働者の生存権をかけて自主営業で闘い続けてきた京品ホテルに対して、強制執行が行われました。

25日(日)の早朝の強制執行を警戒して、東京ユニオン京品ホテル労組は心ある労働組合、労働者に支援を呼びかけました。
  24日(土)の夜、9時から支援の労働者が次々と結集しました。12時に屋上で集会を行い、その後は1時間交代で警戒体制を取りました。徹夜の泊り込み部隊は総勢250名で郵政ユニオンからは急遽、南部支部の仲間が南部全労協の仲間とともに駆けつけました。

25日の早朝からは部隊をピケ隊とプラカード隊の二手に分け、ホテル正面で執行阻止の体制をつくりました。私は朝、5時に家を出て、6時に現地に到着し、そのままプラカード隊の中に入りました。
  支援の労働者が続々と結集し、その数は400名(報道発表)にも達しました。社民党党首の福島瑞穂さんは徹夜で支援に駆けつけ、体を張ってがんばっていました。日本労働弁護団も棗先生、鴨田先生をはじめ数名が駆けつけ、行動支援と監視の目を光らせていました。マスコミも「年越し派遣村」と同様に、物凄い数です。

7時前から高輪警察が動き出し、7時ちょうどに裁判所の執行官、高輪警察・警視庁(200名)、民間警備会社(100名)が強制執行を開始するために労働者部隊に接近し、一回目の攻防が始まりました。
  これは何とか押し返し、双方代表者による話し合いに入りました。
  その最中は労働者部隊は「警察帰れ」「強制執行反対」「ホテルを守るぞ」とシュプレヒコールを何度も何度も繰り返し、叫び続けていました。

8時に連合の街宣車が到着し、ホテル周辺の街宣行動を展開しはじめました。
  連合の街宣車には全労協全国一般なんぶの中島由美子さん、派遣ユニオンの関根書記長が乗り、宣伝を繰り広げました。ここでも、「年越し派遣村」と同じような団体の枠を越えた行動が取り組まれたことがすごく印象的でした。
  その間に話し合いが終了し、双方がそれぞれこの後の対応について協議することになり、組合側は「安易な妥協はしない」ことが支援の部隊に報告されました。

9時ちょうど、労働者部隊もプラカードを置いて全てピケ隊に入り、400名のスクラムで阻止体制を取りました。正面と横から警察と警備会社のガードマンが近づき、一気に緊張感が高まりました。
  ホテル正面の入口を突破しようとする警察とピケ隊の正面からのぶつかり合いが始まりました。最初の15分ぐらいは一進一退の押し合いが続きました。密集の中で圧迫感を感じ、息苦しくなることを度々でした。
  その後は警察の圧力が増し、ピケの労働者のごぼう抜きが行われました。このころは必死の肉弾戦の様相でした。
  警察もひどいが民間のガードマンの暴力は目に余るものがありました。メガネを壊される、引きずり出される、後ろに倒される、こんな光景が繰り広げられました。

組合員と支援の労働者は口は出すが、絶対に手と足は出さないと徹底し、逮捕者は出さない方針でいましたが、この時点で「何人か逮捕されたのではないか」という不安がよぎりました。
  ついにけが人が出て、救急車で搬送されていきました。
  30分を過ぎ、残念ながらピケ隊は警察に排除されてしまいました。

10時からホテル横で全体集会を行いました。
  まず、各組合が参加組合員の確認を行いました。結果、幸いにも逮捕者はいませんでした。
  東京ユニオン渡辺委員長の総括と決意表明、そして京品ユニオン委員長の涙ながらの「絶対に戻ってくる」との決意は感動的でした。

以上、25日の行動の報告です。
  09春闘、まず第一波の闘いがありました。年末年始の「年越し派遣村」で示された他人の痛みを感じる気持ちと思い、そこから始まる社会的連帯の取り組み。これが09春闘の柱だと思います。今週末の中央委員会でも活発な討議で成功させていきましょう。

この行動を終え、私はこの日の泊まり込み行動に20数名を動員した東京東部労組の09新年会に出席しました。新年会では早速、ホテル前の攻防戦のビデオが流されました。 お疲れ様でした。 

(郵政ユニオン東京地本委員長 中村知明)