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これでいいのか「内部統制」     (10.07)
相互不信感を助長させるだけの官僚統制に現場はうんざり

民営化されて2年が経過しようとしている。
  この間の職場と言えば、民営化することによってさらに上意下達の指令系統が強まり、ますます息苦しいものとなっている。最もこれは民営化されて、上意下達が強まったわけではなく、国営(省・公社)時代から続いていたことである。それまでと違うのは国営時代は曲がりなりにも「公共の福祉」や「あまねく公平」という、大義名分があった。民営化した現在は「民間会社ですから」などと、取って付けた理由で押し進めていることにある。
  最近では「内部統制」を名目に様々な締め付けが強化されるに至る。
  そもそも「内部統制」とは、1998年に企業の不祥事が多発したことから、それを防ぐために導入されて、広まった言葉である。
  それが、日本郵政という企業の中でどう進められていったか、職場の事例を見て報告したい。

民営化以降、特に煩雑になったと思うのが「特別送達」の扱いではないか。
  国営時代は配達担当者が公務員だったために、記入・捺印することで認証できた。それが民間人になるというので、みなし公務員である「郵便認証司」という資格が設けられ、認証司が認証する必要が出てきた。
  民営化時の駆け引きで創設されたような資格だが、総務主任以上の役職者・管理者のほとんどが認証司となった。
  送達報告書にその都度「認証」するのだが、民営化時の混乱で記入方法が不慣れなために、記入・押印漏れや認証ミスが続出したため、認証司による認証の他に記入・押印漏れがないか「チェックシート」を2枚も書かなくてはならない。
  これが、特別送達の通数が増えれば、そのチェックシートの枚数もおびただしく増えていくのである。

隠匿防止先日、長靴箱とヘルメット棚の扉が撤去されていた。外された扉は山のように積まれて、廃棄されるのを待っている。
  もともと、ヘルメット棚の扉は「盗難防止」を理由にダイヤル鍵の付いた棚に取り替えたものである。それが「郵便物の隠匿」を防ぐためと言う理由で撤去された。当初の「盗難防止」の理由は何だったのだろうか。
次にロッカー検査である。
  以前は「本人同意」を強調していたが、現在では「同意をして当たり前」という態度であり、私が「同意しないが、鍵は常時開いている」といったら、勝手に見るようになった。これでは「本人同意」など必要としていないし、意味もなくなっている。
  先日、業研で見た本社制作のDVDでも、何のためらいもなく検査している光景が映されており、人権感覚など存在していない。
  判例では、所持品検査は強制してはならないとしている(神戸製鋼所事件、帝国通信工業事件)

誤配の申告が増えている。
  反省させるために申告の都度「チェックシート」を書かせているが、申告のあった前日に配達に行った者を自動的に誤配の当事者としているために、身に覚えがなくても誤配したとされてしまう。中にはそれで「訓戒」を受けた者もいた。
  となると、必然と反発する者も増えてくる。ある班では、「申告があったからといって、必ずしも前日に配達したとは限らない」とか「記憶にない」との理由で、「チェックシート」への理由記入と捺印を拒否した件数が増えてきた。
  「チェックシート」記入・捺印拒否の多さに、支店長が業を煮やして「(誤配したのに)書かないのはどういうことだ」といら立ったこともあった。
  本来、誤配は防がなくてはならないものだが、その原因をゆとりのない勤務実態を無視して誤配を個人の責任に転嫁するだけでは、誤配は永遠になくならない。

また、以前は「臨局」と称した支社から支店への監査も、「内部統制」という言葉に合わせてか「モニタリング」と変更されたが、事前に連絡をして下準備させる部分など、やることは変わっていない。単なる形式に終わっている。
  本社・支社の指揮系統が民営化以降強まり、山のように積まれた指導文書には見出しの文字だけが踊っている。
  支社社員が訪問するたびに、支店長がミーティングで周知しているが、支社社員など表面だけ見るだけの物見遊山で来店しているだけで、現場の仕事など軽視しているようにしか見えない。

以上が最近気づいた職場での「内部統制」の実態だが、去る8月3日にNHKテレビ「クローズアップ現代」で放送された「内部統制って何だ?」を見たが、その番組の中で「過度な内部統制」はかえって業務効率を落としたり、社員同士の人間関係を悪化させかねないといった疑問の声も出はじめていると報じていた。
  事実、誤配「チェックシート」の扱いなど最たるものだろう。
  誤配の苦情に対して自ら名乗り出るものなどおらず、書類だけがたらい回しになっている。責任を負えば処分されるとなれば、結果的に労働者同士をを締め付け、管理、監視するだけの仕組みになって、職場の荒廃が進むこと明らかである。
  不祥事の撲滅、ミスの根絶というなら会社側の真摯な反省と現場の意見を受けとめる以外に方法はないのである。

(横田誠司)