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【郵政民営化見直し】 このままでは何も変わらない!     (01.01)
公共事業としての位置づけを

12月4日、郵政株式の売却凍結法案が参議院本会議で成立。今後郵政民営化見直しに向けた具体的な法案作りが進められることになる。 
  12月11日、この株凍結法成立を受けて「郵政改革に関するヒアリング」が内閣官房郵政改革推進室主催により永田町で開催された。全26団体・個人が招聘されそれぞれ意見を述べる。地方自治体、消費者・市民団体、学者・研究者グループから労働組合、民間貯・保業界に至るまで、各五分ほどの時間が与えられそれぞれの立場から様々な提言がなされた。

出された意見・提言はほぼ三つに集約される。
ヒアリング (1) ユニバーサルサービスとしての郵政事業が危機に陥っている→三事業一体経営と公的企業体への転換が望ましい。(地方自治体及び利用者・消費者団体グループ、及び郵産労)
 (2) 将来的な事業全体の経営安定化のためにも貯・保事業を完全子会社化して将来的にはこの二社の株式上場を目指すべき。いわゆる貯保ぶら下がり案。(学者・研究者グループ+JP労組)
 (3) 貯・保事業は巨大すぎる。規模を縮小し民間市場との棲み分けを図るべき。(銀行・保険業界)

労働組合からはJP労組と郵産労が代表を出していたが、株凍結法が通ったばかりだというのに早期の株放出を提言するJP労組が突出した感を思わせる一方、国民監視の元、将来的な公企業体化―再国営化をきっぱりと求めた郵産労の主張がやはり注目される。
  しかし、流れはよどみ始めている。

先年10月に閣議決定された「郵政改革の基本方針」では実は三事業一体化が完全に担保された文章にはなっていない。貯・保事業については「郵便局で一体的に利用できるようにする」とあるが、この「的」という表現がくせ者である。当初民主党が打ち出した、いわゆる貯・保事業ぶら下がり案でも、「一体的」であるといえるのだ。しかもこの「基本方針」でも経営形態はあくまでも株式会社とし、将来的な株式上場に含みを持たせている。

朝日12.1812月18日付朝日新聞。斎藤次郎日本郵政社長に対する長文のインタビュー記事が掲載された。個人的意見だと前置きしながらも、やはり貯・保事業の株式上場を明言。「永久に株式を売らないなら元に戻ることと同じになってしまう」。これまでの(西川)経営陣はそのやり方があまりにも拙速であったのだという。
  貯・保ぶら下がり案が念頭にあることは間違いない。しかしこれでは何も変わらないではないか。

貯・保ぶら下がり案とは何か

例えば、先の「ヒアリング」に出席した慶応義塾大学井手秀樹氏によると、「郵便局会社は多様なサービスを提供する価値あるインフラとして位置づけられ」るが、「新規業務による収益改善の貢献に多くは期待できない」「郵便引受物数、貯金、保険契約の減少傾向が続いていることから、手数料収入が低下し、将来的には郵便局会社の経営は行き詰まり」早晩このビジネスモデルは破綻するという。これを回避するために、「ゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式売却、株式配当等を原資として郵便事業分野で買収・事業提携、国際事業展開を行うことが可能となる。」
ぶら下がり案  氏は、以上の展望の元に貯・保事業をそれぞれ独立した事業体として残し、将来的な株式売却益を郵政事業全体の経営安定資金に充て、しかも余勢を駆って国際事業にも手を出せと。
  しかしこれはどこかで聞いた話だ。リーマン・ショックまでゆうちょ銀行の資金をアメリカに投資せよと連日のようにまくし立てていたのは誰か。前西川社長にしても郵貯の株放出は前倒しで行い、投資トレーダーをそれまでに早期に育成するとしていた。

朝日新聞紙上での斎藤社長は「(貯・保の)株式売却準備を急いだことが、経営的な失敗を招いたと考えている」と述べている。ようするに西川は急ぎすぎたから躓いてしまっただけで、基本路線は変わらないということだ。
  郵便局と郵便事業会社は統合する。しかし儲け頭の貯・保事業は独立した子会社としてその下にぶら下げて将来的にはその株式放出を持って国際カジノ市場に打って出よと。竹中平蔵がそらみたことかとほくそ笑んでいる。
  三事業一体による公共サービスの再建などということは、現社長からしてそもそも考慮にない。 

株式会社化は間違い

12月16日、菅直人国家戦略担当相は内閣府で行われた成長戦略策定会議の「検討チーム」に竹中平蔵を招き、議論を闘わせたという。
竹中平蔵  郵政事業の「再国営化は残念だ」と竹中氏。もちろん政府は再国営化などとは一言も言ってはいない。「郵政改革の基本方針」にも「郵政事業の機動的経営を確保するため、株式会社形態とする。」とはっきり明記してある。
  竹中平蔵お得意のレトリックである。
  一方これまでみてきたように現社長も学者もJP労組までもまるで判を押したように貯・保ぶら下がり案―早期の株式放出という方針を提言している。
  現斎藤社長を承認した肝心の「政府」はどうか。

12月10日、「政府・与党は、郵政民営化に伴って2007年に廃止されていた郵便配達員が配達先で貯金や保険を扱える『総合担務』制度を復活させる方針を固めた。(読売12.11報)」とある。
  「総合担務」制度は労働者からみると過重なシステムとして地域によってはシステムそのものが破綻していたものであるが、これだけを読むとまるで三事業一体化が前提となっているように読める。しかしそうではないという。郵便外務員が貯・保会社から委託される形でも十分機能できるシステムだろうと。

郵政公社の三事業一体の時でも総合担務制は無理があったのだから、実際はそれは機能しないだろうことは現場にいる人間なら容易に想像できる。
  郵便屋さんが貯金も保険もといったサービスをやってきたというのは、確かに山間過疎地では一部みられたものの、実態は全特等が意図的に誇張してきたキャンペーンではなかったか。少なくとも都市部ではそういう実態はない。
  もちろん山間過疎地においてはそのようなサービスが地域のライフラインを支えていたことは私たちも知っている。しかし、貯・保会社から委託された形での総合担務制ではもはやそのような地域でもサービスの再開は困難になるだろう。そもそもそのような地域からはすでに集配局自体の多くが撤退しているのだから。公社以前の、集配郵便局の再編以前の体制に戻さなくては絵に描いた餅に終わるだろうことは明らかだ。

実際政府の方針は総合的な統一性がない。「郵政改革の基本方針」にあるような「国民共有の財産である郵便局ネットワークを活用し」「全国あまねく公平」な事業の再建方針からはほど遠い。

結局は株式会社という、あくまで民営化路線は変えないという方針がこのようなバランスを欠いた、または再度投機的な資本主義のカジノ市場に打って出るというような時代錯誤な方針を容認する余地が生じてきてしまうのだ。
  貯・保事業の株を上場させて民間企業とのイコールフッティングの競争をさせることのどこが「あまねく公平」な事業を担保するというのか。株式上場の手数料をむしり取る仲介業者の利益を保障することはできるだろうが、それこそ山間過疎地の金融サービスは不採算市場として切り捨てられかねないだろう。まさにそういう事態を避けるための「民営化の見直し」ではなかったのか。

郵政事業はそもそもじり貧で今後もビジネスモデルとしては成立しにくいというのはその通りだと思う。しかし、であるからこそ、郵政事業はビジネスではなく、公共サービスとして再度位置づけし直すべきではないのか。
  民営郵政は公社時代よりも情報公開度が低くなっている。そのホームページをみれば公社時代のそれと一変したのがよく分かる。物品調達情報も支社レベルの人事情報も何も分からない。公共事業とすることで、すべての情報の開示が可能となる。
  全市民監視の下ガラス張りの経営を晒すことで、再度の公企業体化は市民の合意も得られようというものだ。

多田野 Dave