―職場の友人が教えてくれたこと
「『○○うぜえ』ってトイレの壁に書いてあったわよ…」
「○○」には私の名字が入る。
職場の女性トイレの個室内の壁に書かれていたのを、見つけた同僚が教えにきた。「へえ、あ、そう…」表面上は平気そうにしながら私は、内心はへなへなとびびっていた。
痛い。恥ずかしい。
一方で、まあたしかにうざいだろうねえ、ついにやられたかという気もする。しかしそのまた一方で、なんでやられたんだろうと考えている。
私の何が嫌だったのか、誰なのか…取り留めのない思いに気づくと意識が行っている。
落書きで誹諺するなんてくだらんし卑怯だ、と考えはするものの、書かれたショックの方が大きい。
就業後ひとり見に行った。
最初どこにあるのか気づかなかったくらい、小さなまるっこい文字が壁に張り付いていた。
それは文字が本当に「うぜえ」とつぶやいているようで、内容と文字が一体となってよく表現されていると束の間感心すらした。
そのうち文字がうぜえうぜえと晒っているように見えてきてはじめて、むかつきがせりあがってきた。
しかしそれは怒りではなかった。
不当な誹諺中傷に対する怒りではなく、自分をなめやがってという悔しさ、あるいは恨みに近いものだった。
だから私はその場でトイレの壁を蹴っ飛ばして八つ当たりし、足を痛めて憂さ晴らしにもならず悶々として帰った。
落書きは自分で消すのがシャクだったので、そのまま放置しておいた。
二日、三日と経つ中で、私は落書きと向き合って用を足す以外、何もできなかった。
この件で相談していた同僚の一人が、このままではだめだ、皆に言おうと言い出したときも、私は最初気が乗らなかった。恥ずかしいしそこまでしなくても…というのを友人に押されて承諾した。
落書きを見つけてから四日目の就業ミーティングの折、友人は、課の社員・バイト皆の前で事のあらましを説明し、これは「職場で皆が目にする場所に書くという、人間の尊厳や信頼を既める卑劣で悪意に充ちた行為」「言葉の暴力」「人権侵害に値するもの」であり「当事者間の問題ではなく職場に関わる一人一人の問題」だと呼びかけた(これは、さすがに話すことをまとめなければ急には話せないと、彼が事前に書いたメモを後からもらってそれを見ながら書いている)。
ミーティング後、副課長らが行って落書きの写真を撮り、落書きは消され、数日間この件に関する周知がなされた。
他の同僚たちは依然「静か」だったが、数名が声をかけてくれ、飲みにいった席でこの件に関して話し合った。
「落書きなんて卑怯だよな」と言う友人らの声が胸にしみた。
私はミーティングでの友人の話を聞きながら、はっきりとこの中傷行為の本質が明らかにされていくことに喜びを感じた。
そしてその一方で、自分のこれまでの反応の卑小さを思った。
彼のような言動が、職場の誹諺中傷行為に対する正当な怒りを行動化したものだろう。だからこそ私は、奮い立たされる力をもらったと感じ、同時にその熱とどれだけ遠いところに自分はいたことかと思う。
それはやられた方なのだからしょうがないでは済まされない、ねじけた弱さの問題がそこにある。
卑劣な行為をされてもそれに対して真っ直ぐに怒れない、それをされる側にもされるだけの何かがあるという「責任転嫁」の回路で、卑劣な行為をその卑劣さごと自分の側に吸収してしまう弱さだ。
落書き発見から私がとってきた行動とは、つまりそういうことだ。
それは職場の誹誇中傷行為を“許し”、のさばらせる、他の仲間にも呼びかけることができない。
またそもそも、そりゃうざいだろうねえ、落書きがどうした!と気にしない、ということもまったくできなかった。
それくらいスコーンと突き抜けていたら、そもそもうざいなんて書かれることもないだろう。
中途半端なのだ。隙だらけなのだ。私は。
落書きを個人の問題に倭小化してしまい、職場の問題だと最も考えることができなかったのは私かもしれない。
しかし、あらためて考えるとこの行為は、私への嫌悪だけから成ったものではなく、スキル評価だなんだと。同じゆうメイト同士を序列化し「人の下に下をつくる」職場で、日々積み重なる鬱憤・鬱屈が他人への中傷という捌け口で排泄されたものだろう。
職務や賃金への不満は、会社へは向かわずに「浮いた」人間への攻撃となって表れる。それを取り巻く、周囲の無関心の何重もの空気の層。
同じ職場だからといって“仲間”ではない。逆に下手なことを言ったら何をしでかすか分からない得体の知れない隣人でしかないという互いへの不信が、他者へ関わる意思を萎えさせる。
これはほんの小さな落書きだが、この職場全体がはらむ暗い諺積した暴力性が仄見えたものと思える。
そうした中で、今回の友人のような行動が職場を変えていく力だと思う。
私はそれに支えられ教えられながら、もっとうざい奴になってやろうと思っている。
