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ゆうパック大混乱と朝日『社説』    (08.02)

ゆうパックが大混乱した7月1日も2日も私は深夜勤だった。勤めている郵便事業会社支店は集配拠点局。所属する課ではゆうパックは扱わないけれど、たまに間違えて物(ブツ)の中に小包が紛れ込んでくることがある。
  夜中に、ゆうパック課のある上階にそれを持っていくと、エレベーターの前にパレットがぎっしり並んでいて身動きがつかない。
  郵便事業会社の鍋倉真一社長は4日の記者会見で「職員の不慣れが・・・」と、例によって現場に責任を転嫁しにかかったが、物の山の中で身動きがつかないのでは職員の慣れ・不慣れの問題ではないだろう。

6日の朝日新聞朝刊『時々刻々』が「ゆうパックお粗末準備」と題して伝えるところは正鵠を射ている。
  「経営の効率化が統合の最大の狙いだっただけに、ペリカン便からは荷物はそっくりもらいうけ、荷物量は二倍近くに増えた。だが集配拠点や人員は必要最小限の範囲で引継ぎ、ほぼ横ばい。一方、システム統合については『お金も時間もかかる』として、当面先送りすることにした」(朝日新聞7.6朝刊)。
  その実情は本誌の別稿でも報告されていることと思う。

ところで朝日新聞は、6日にはせっかく良い記事を載せたのに、翌7日の朝刊『社説』でもこの問題を取り上げて「民営化の原則に立ち返れ」と見当はずれのことを言い出した。混乱の背景には「民営化の流れを押し戻そうとする『郵政見直し』」があるというのである。
  なるほど「金融分野の拡大を目指す経営陣が『本業』の郵便や物流をおろそかにしてきたせい」というのは社説の説くとおり。だが、これはまさに旧西川体制に対して言われてきた批判ではなかったか。
  そもそも日通ペリカン便統合は前社長いらいの民営郵政の目玉戦略。そして『時々刻々』が指摘した、物が増えても人は増やさぬ方式は、トヨタに学んだ民営化の手法そのものだ。お中元の時期に強引にスタートを切ったのも民営企業として営利追求を焦ったからだろう。
  混乱の原因を民営化の後退に求めるのは、かねてから民営化推進を社論とする朝日の牽強付会である。

さて今回の失態で郵便事業会社の業績悪化は深刻なものとなろう。ただちに予想されるのは非正規雇用の正社員化をサボタージュする口実にこれが使われること。JP労組中央のように民営化推進を前提としていてはそれに丸めこまれてしまう。というか労使一体でサボタージュに出る畏(おそ)れなしとせぬ。

私たちが依拠すべきは利潤原理ではなく憲法27条である。
  「すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負う」とある。労働は権利なのである。いつ雇い止めされるかしれないような雇用のあり方そのものが憲法違反なのだ。民営企業では正社員化のコストに耐えられないというのなら、民営化をやめよ。

採算を度外視して大資本の営利活動を支えてきた郵便事業は、今回のゆうパックの失態があろうとなかろうと元々利潤がそう見込める産業ではない。であればこそ、最近まで民間資本は手を出さず国営だったのだ。それを利潤の出る民営企業に変えようと人件費削減の無理押しをした結果が非正規雇用の急増だ。朝日新聞の論説記者たちは何を考えているのであろうか。
  「格差拡大」を憂えるような顔をしながら民営化を説くのは欺瞞である。

土田宏樹(ブログ「酔流亭日乗」)