50年ぶりの大改革で本務化実現を求める!
(郵政ユニオン九州地本機関紙8月4日号より転載)
週末に郵政本務化受験が行われます。トライされるみなさんの健闘を祈念します。
「全逓九州労働運動史」によれば、全逓は1960年(昭和35年)の年末闘争で、非常勤本務化闘争を闘ったことが書かれている。要旨は以下。
当時の郵政省は、定員法で職員を増やさず臨時職員の採用で物増に対応していたが、慢性的な遅配が続いていた。郵政省や政府などは、職員のサボ行為が原因としていたが、実態は解決せず混乱していた。
当時の郵政省は26万人の定員で、非常勤職員は3万人弱がいた。この非常勤職員は本務者とまったく同じ仕事をしながら、賃金などの諸条件など全く差別されていた。しかも賃金は予算内の人件費ではなく、物品費から出る仕組みで、物品費がなくなれば雇用を打ち切った。
彼らは人権を持つ人ではなく「物」だったのである。
全逓は60年の全国大会で非常勤本務化闘争を「人権・増員闘争」として決定し、年末闘争で闘う。組合員は非常勤本務化のワッペンを胸につけ、業務規制闘争を強めた。
たとえば当時の長崎局で郵便物の滞貨は12月8日現在で、17万通に及び、配達は数日の遅れとなった。全逓はこの物だめ闘争とストライキで郵政に回答を迫る。
郵政省は12日に「翌年の6月までに、1万7705名を本採用にする」と回答し、本務化が実現した。(以上)
これが50年前、闘われた非常勤本務化闘争である。
職場の先輩たちに聞いた話だが物だめ闘争もしっかり闘ったし、ストにも入った。結果は全員が本務者になれたと語っていた。
・・・・・・・・・・・
50年前、この大量の非常勤を生んだ原因は、「定員法」=公務員の定員削減攻撃がある。
国は当時の逓信省を郵政と電電公社に分割する。その過程で定員を減らし、余剰人員を作りだし、共産党員や労組活動家を選別排除し、採用をしなかった。第一次のレッドパージであった。
以降、日本社会も戦後復興が進み、郵便物も急増するが、郵政は「定員法」と予算を理由に職員を削り、非常勤の雇用で対応したが、人不足が日常化し、慢性的な遅配が起きていた。
今考えると、現在の国鉄改革による1047名解雇や、公務員攻撃とまったく同じことが50年前にもかけられていたのだ。
小泉新自由主義=構造改革の20年間で、労働者全体の3割を超える2000万人の非正規労働者が生まれた。彼らは年収200万円以下の貧困層である。
また強いものが勝つ市場原理主義でも腐敗が起きる。事実リーマンショックなどから100年に一度の世界的な経済危機が生まれ、国家まで崩壊する状況だ。
その反動から、日米とも政権交代が起き、小泉構造改革を見直そうという動きが出てきた。その過程で、日本一の非正規雇用会社の郵政に働く非正規21万労働者のうちの半分、10万人の本務化案が出てきて、斉藤社長も6,5万人の本務化を表明した。
この理由は非正規労働者の待遇改善で、社員のモチベーションをあげ、もって社会や会社の再生を目指すとされる。
本務化は当該にとっては、念願の要求であったし、均等待遇が実現すれば、50年ぶりの郵政の大改革であり、働く人の復権となる。
この結果は、一人の本務化という個人的なものではなく、会社が人を雇用する場合にはどうあるべきかを問う、重大な転換を意味する。
50年前は当時の労組の闘争(ストや業務規制闘争)の結果勝ち取った成果である。今回のそれは、郵政労働者ユニオンなどの3年連続したストライキがそれにあたる。
闘いなしに資本家・会社は譲歩しないのは歴史が証明している。
トヨタは日本国内の春闘では賃上げには応じないが、世界的には違う。一例だが、中国労働者のストでは大幅賃上げをしている。これが同じトヨタなのだ。
全国2000万人非正規労働者の働きで、企業は内部留保金を400兆円に倍増させている。しかし非正規者は好況の成果の配分から外され、貧しい生活を強要されている。この間、まさに自らの命を削って会社のために働いてきたのだ。
今その働きに会社として応分の配分・給付を行うときだ。
正社員登用は、会社の義務であり、社会の不正をただす当然の雇用であるのだ。
非正規労働者の仲間の皆さん!正社員登用は当然の要求であるが、とりあえず今回は試験制度が待ち受けている。
これまで7回開いたゼミと研修の成果を存分に発揮され、関門を乗り越えていただきたい。
これは後続する多くの人たちの先達としての役割があり、生きていくための「闘い」なのである。
ユニオンも非正規者の復権を最後までやり抜く。半世紀ぶりの郵政の改革・活性化のために共に闘おう。
