交通違反者を「お立ち台」でさらし者にする会社を糾弾する
熱中症が止まらない。テレビで特番をやっていたが、熱中症発症の特徴は二つ。一つは労働者。二つは高齢者という。都立・広尾病院の医者によると、労働者とりわけ屋外で長時間働く人は要注意であり、会社は長時間の労働などに配慮が必要だと語っていた。
熱中症といっても、死に至る恐ろしい病で用心が必要だが、配達などで山坂を長時間歩くことが仕事の郵便局では、配慮といっても宿命的なものだ。気分が悪くなったら「やめて帰って来い」とは言わない会社だから、倒れる前に、あとは毎日の健康管理と給水など自己管理しかない。
そうした職場で、先日、交通違反を現認されたAさんにみんなの前で「反省」をさせる「お立ち台」が行われた。
交通違反や事故、仕事上のミスを犯した人は立場上反論もできず弱気になる。
会社はそのことをつき、さらに責め、ついには反省文の朗読やマイク放送、あるいは今回のようなお立ち台での反省行動、あるいは退職の強要などをする。
仕事上での非違行為には本人の始末書提出を受けてしかるべく処罰をするのが会社の決まりである。これは、ありうる。
しかし、全体の前に立たせ「ごめんなさい」と頭を下げさせる行為は法に決まりはない。だから会社の命令か?要請は根拠のないことなのだ。
昔、大岡越前の時代に刑罰として市中引き回しの上に打ち首獄門とか、討ち取った首を市中にさらす刑があった。たんに死刑だけでなく、恥辱を与える二重の刑罰だったのだ。
しかし、現代法はこれを廃止した。罪人でも人格があるからだ。
一昨年、JR西日本でミスをした職員に「日勤教育」という懲罰的施策をしていた会社に対し、裁判所がこれを「してはならない」としたことは記憶に新しい。
ミスをしたからと言って会社が何でもありの懲罰的施策の「反省行動」を強制することは許されない。
非正規労働センター「ゆい」にも同様の相談があるという。
他支社のある局で、誤配達を発生させた場合の措置として、誤配達発生者・班責任者・アドバイザー課長代理は全体ミーティングにおいて全社員に対し謝罪し、誤配達の概要・再演防止を誓う、などが周知されたと報告がある。連帯責任とお立ち台だ。
これに対して「ゆい」は、仕事上のミスに対して、会社側がとる懲罰的施策について、さまざまな裁判例をあげて、行き過ぎた施策についての取り消し、慰謝料支払い、原状回復の例をあげている。
現場で働く人にとって、仕事は労働契約の実践で、非違行為は許されないが、その程度がどのレベルかは、会社の判断と職務命令にある。
しかし、会社での労働時間の8時間は全人格を会社に捧げるものではなく、安全性、健康面などを含む人格権が存在する。
確かに交通事故や配達ミスはあってはならないものであるが、そのすべてが現場労働者の全人格を否定するほどの「事件」なのかは判断が分かれ、職務命令の是非もまた争いがある。
普通に言うと、社会通念上でこれが許されることか。またその責任追及において行う会社の行為もまた、社会通念上に照らし認められることなのかなのである。
何度でも言うが、非違行為は法に照らして処分される。そのために懲戒や訓戒があるのだ。それに値しないほど事故の場合は、口頭注意がある。軽微な事故はそれにあたるから、処罰がされない。
いま会社は誤配達に対し、顧客に迷惑をかけ、会社の信用を著しく傷つけたとして懲罰のレベルを上げているが、仮に誤配達3回で「免職」となったら、全国の郵便配達員は数年でゼロなる。
事故やミスにしても、過失の度合いが問題なのである。処分や反省を求める職務命令もそうした普通の決まりがあると思う。
一人の配達員が毎日扱う郵便物が1500通として、1年間で約40万通を配達している。
仮に1年に3度の誤配達をするとして、確率は0,0008%だ。これを会社は、「事故ゼロ」を破ったとして懲罰という。現場でいうなら、やってられない数字ではないか。
最近起こった事故で、飛行機の逆噴射の装置をOFにして飛んだとか、電車の危険警報器を取り外したとかの比較で言うと、さらしものとなるほどのことかと感じる。
先日、近隣局会社で犯罪が起きた。一斉研修が開かれたが、部内犯罪が表に出ない体質も問題だが、再発防止を唱える局会社の幹部は、これらの犯罪ののち、辞職とかの責任を取った例があるのか。
絶対に許されない事故・犯罪とはこうしたことをいうのだ。
一方の犯罪には部外に公表せず、研修でお茶を濁し、現場の小さなミスは「さらしもの」という郵政のやり方は、上には弱く、現場の職員へは懲罰といじめ的ではないか。
なにかおかしい。
