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Headline 2011

南三陸町「名無しの震災救援団」炊き出しに参加    (04.27)
「行ってきました!」「ひとりじゃない!」

南三陸町被災地東京へ向かう高速道路、うれしい連絡が入りました。今日、炊き出しを行った南三陸町から夕食のカレーの配膳を行った仲間からの連絡でした。「カレー、サラダ、フルーツ、大変好評でした」。車内の雰囲気がドッと明るくなりました。声が弾んできました。胸が熱くなりました。「炊き出しにいってよかった」。参加者一人ひとりがそう思った瞬間でした。

今回の炊き出しの行程は、4月15日、食材の買出しから始まりました。
4月11日、炊き出しに向けた打ち合わせ会議  普段買ったこともない大量の食材。炊き出しのメニューは、17日の昼食(200人分)=豚汁・ご飯。夕食(300人分)=カレー・サラダ・フルーツ。参加者全員こんなに大量の食材を準備したことも調理したこともない始めての経験でした。
  4月16日朝9時、台東区寿区民舘調理室でカレーの準備が始まります。
  最初は何をどうしたらいいのか、みんな初めての経験でした。全統一の仲間と移住連の仲間も加わり全部で13人。作業手順が決まってからは作業は順調に進みます。
  山のようなタマネギの皮をむき、適当な大きさに刻んで炒める。切り方がそれぞれ違って面白かった。食べるときにはタマネギの形は何もなかったのですが。前々日から煮込んだ豚肉のスープと炒めたタマネギと豚肉とルーを「適度にあわせて」煮込んで冷やし食缶に移します。今日の行程はここまで。
  「適度にあわせる」さじ加減は微妙です。さらに絶対に焦がしてはなりません。どうせ作るなら旨いものを!みんながそう思っていました。一度熱せられたものは、なかなか冷めません。あれもこれもと仕込みの作業に費やしたのは、制約された現地での作業と食品が傷まないようにしようと心がけたためでした。
  無事にカレーの仕込みを終え最終物品の購入や支援物資仕分け作業に向かいます。24時の出発に向け各自一時帰宅や準備を行いました。

 被災地現場状況に圧倒される

24時、予定通り全統一事務所前より出発。南三陸町へ夜通し高速を走ります。車三台で出発し、途中大型トラック一台とワゴン車一台と合流し南三陸町をめざします。高速道路はまだ完全ではなく、被災地近くは50キロ制限となっていました。路面には亀裂が走り、段差がきつく、ドンと跳ね上がることもありました。

高速を降り目的地をめざし走っていると、三陸の山を抜けたあたりで、あるはずもないところに海から押し流されてきた船がありました。木々も、ここまで津波がきたのかとわかるように、水につかったところは枝が無く変色しています。ここからはがれきの山です。
がれきの山  海が見渡せるところまで、全てがれきです。車が何台も押しつぶされて転がっています。船があちらこちらに無惨な姿を晒しています。建っている建物は鉄筋のものがわずかですが、もちろん中身は何もなく押し流されています。
  何とかしなくてはと思いました。

 現地のみなさんに元気をもらう

4月17日9時頃、志津川高校に到着。物資の荷下ろしを行います。テントの設営を行っていると被災された避難所の方々もそばを通り「おはようございます」とあいさつを交わし、元気そうでほっとしました。
炊き出し  早速、昼食の豚汁とご飯の準備。カレーもすぐに火を入れないといけません。豚汁200食。豚肉、大根、にんじん、ゴボウ、長ネギ、こんにゃく、豆腐。この食材をだしにショウガと白みそ赤みそで味付け。隠し味に日本酒を入れました。ご飯は三升炊きのガス釜を3台フル稼働。何とか間に合った。

豚汁は次から次へと配膳され、できあがったものはすぐになくなりました。育ち盛りの子供が3回もおかわりにきたところを見ると、まずまず好評だったかな。最後に自衛隊員50人分のご飯と豚汁を配膳して終了。自分たちの食べる豚汁はほとんど無くなっていました。
  それでもみんな分け合いながら昼食をすませます。
  休憩を少し取った後、カレー作り。ジャガイモ、にんじんを切り・・・、とここでハプニングが。火を入れたカレーのカレーが焦げてる!底が少し焦げ始めていたのです。大変!せっかく昨日から(厳密には肉の下ごしらえからだと一昨日から)仕込んでいたものが台無しになってしまう。思い切って寸胴を替える。見つけた焦げは最後まで全部拾う。
  努力はするものです。少し焦げ臭くなってしまいましたがなんとか提供できると思いました。隠し味は子供用のカレーにハチミツ。大人用は白みそ。ちょっと辛口に。

なんと大好評でした。残念なのはこのカレー、少し味見をしただけで、郵政の仲間は誰も食べていないということ。サラダバーも大好評とのこと。新鮮な生野菜に多種多様なドレッシング、これだけあれば野菜サラダだけでもかなりいけるとみんなが思いました。さらに、オレンジ、グレープフルーツと、準備は整いました。
  ただ残念ながらそこで16時を回ってしまい、もう帰る準備をする時間です。
  志津川高校避難所の炊き出し責任者の方が記念写真を撮ってくれました。
記念写真  16時30分、サラダの配膳は今回の炊き出しに一緒に行った坂本さんをはじめ全統一のメンバーに託し帰路につきます。東京の事務所に到着したのは24時をまわり、終電があるかないかの時間になっていました。

参加されたみなさん、ほんとにお疲れ様。あまり若くはない今回の郵政炊き出し隊、翌日の仕事にさぞひびいたことでしょう。
  しかし、これから継続して被災地ボランティア活動を行っていくことが大切だと思いまいした。継続によって築ける信頼関係もあります。これ疲れた・・・からどういう活動をしていくのか現地とよく相談し今必要な活動を行っていきたいと思いました。被災地の方との交流を通じる中で何が必要かが本当にわかってくると思います。
  後で聞いた話ですが、カレーは自衛隊、医療ボランティアチーム、地元の見回りにきた警察官にも振る舞われたそうです。
  職場の班や近くの仲間からは「どうだった?」「話を聞かせて!」と声をかけられます。みんな被災地を心配しています。そんな気持ちが伝わってきます。
  また行こう!みんな行こう!力になろうよ!できることをやろうよ!

 (郵政ユニオン 福田秋彦)