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Headline 2011

被災地復興と公共サービス (4)   (09.27)
東北大震災復旧・復興の現場を問う8.21市民集会報告
「郵政民営化を監視する市民ネットワーク」と郵政ユニオン共催による集会。
  3.11以降すでに6ヶ月近くになろうとしているにもかかわらず、復旧・復興の足取りは遅々として進んでいない。各公共サービスは現場でどのような苦闘を強いられているのか。今回の集会は様々な現場の具体的な状況を出し合って復旧・復興の状況を一度俯瞰的に総括してみようという試みである。
8.21市民集会

報告はNTTから電気通信産業労働組合宮城支部の佐藤貞男(本部執行委員)さん、自治体職場から練馬区職員労働組合の横山哲也(中央執行委員)さん、水道の職場から全日本水道労働組合の岡一広(中央本部書記次長)さん、郵政から郵政ユニオンの下見徳章(本部書記)各氏が順番に報告。

今回は郵政ユニオンの下見さんからの報告を紹介したい。

郵政ユニオン、下見徳章さんからの報告。

郵便屋さんはこれまで報告がありましたみなさんの職場のように大規模なインフラ事業を行っているわけではなく、いわば身体一つで働いているものですからあまり大きな話はできませんが、とりあえず現場の状況をお話ししたいと思います。

郵政グループ被災状況今回の郵政グループの被災状況を報告します。
  死亡・行方不明
  ・日本郵政   3
  ・日本郵便  28
  ・郵便局    20
  ・簡易局     8
  ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の方の犠牲者はありませんでした。

3.11全体の大きな犠牲者の数と比べれば比較的少ない数かと思われますが、それでもやはり各地で仲間が犠牲になっていることを思うと胸が痛みます。

郵便局舎等の建物の被害は甚大でした。日本郵政の齋藤社長は6月27日付けの記者会見で「今度の震災でおそらく企業グループとしては最大の被害を被ったものの一つ」と発言しています。
  確かに震災直後は11都道県の約596の郵便局が機能不全になっています。その後計画停電なども重なり3月19日から21日までは東京電力管内の1都8県のATMの約9割、5千台が止まるということもありました。
被災した日本郵便陸前高田支店  4月13日付けで会社が発表した資料には東北地方で71の郵便局が全半壊し、簡易局の17ヶ所を合わせると89局。浸水した局舎も簡易局合わせて40ヶ所。東北以外の全体も合わせると106ヶ所の郵便局、26ヶ所の簡易局が被災しています。

犠牲者の中には小さな郵便局などは局舎ごと流され、中で働いていた少なくない方が犠牲になりました。配達業務の郵便屋さんの犠牲者は、非番や夜勤等で自宅におられて津波にのみ込まれた方が多かったようです。外に配達に出ていた方はそのままバイクを走らせて高台に避難し難を逃れた方が比較的多かったとのこと。

問題は復旧作業。郵便事業は地域の重要なインフラなので一刻も早い事業の再開が求められましたが、これが今回かなり遅れてしままいました。
  局舎や事業所自体が流されたということもありますが、それでも阪神大震災のときのように臨時の移動郵便局をすぐに出して対応ということにはならなかった。実際に移動郵便局が出たのは3月18日になってから、それもたった4台だけです。
移動郵便局  しかも移動郵便局を出しても郵便の受付さえできない。おかしな話ですが、移動した先で郵便物を受付けると「集荷」という扱いになって、これは郵便局では業務外の仕事になってしまう。「集荷」は郵便事業会社しかできないからというわけです。ここらあたりは分社化された弊害の顕著な例と言えるでしょう。貯金の引き下ろしなども通帳がない状態では対応できないなど、結局当初はあまり役に立ちませんでした。

被災していない各県からは人員の応援も出しました。例えば東京支社からは1300人、東北支社管内から約3000人ほどが応援に行っています。ところがこれが主に普段はデスクワークをやっている方々が現場に派遣されました。現場職員ではないのです。配達などは地域の状況などもまるで分かってないからこれではあまり役に立たない。資料を見て区分や配達をしようにも資料自体が流されてしまっている。結局は現場職員の日頃の熟練によって頭の中に入ってる情報しか役に立たない。
  現場職員自体が被災しているのですが、結局は不眠不休状態で職場の整理をしながら事業の継続も行うという状況になっていました。
  管理者がいなくなったところは職員どおしで話し合いながら事業を継続させたという所もあるようです。
  被災直後は、道路が寸断され郵便輸送ダイヤも止まっていましたから、配達する郵便は職場に届きません。職場では11日以前に届いていた郵便を配達するしかなかったのですが、これが津波に洗われている。一つ一つ残留郵便を探し出して、水で洗って乾かして、謝罪文を添えて配達していたということです。

現場の郵便屋さんは地域を周りながら、どこの配達先どの方が亡くなったのか、またはどの避難所に避難されているか、一つ一つ確かめて情報を収集・整理します。そのあたりのノウハウもやはり現場を経験している方でないとスムーズに行かない。問題はその情報が各事業間で共有されないということです。貯・保事業には情報が上がらない。郵便局の窓口にも上がらないのです。別会社ですから。
  窓口に郵便や小包を持ち込んでも配達状況も分からないし運送便自体の復旧も送れていましたから、やむなく持ち帰ってもらったということも報告されています。毎日のようにお客さんから罵声を浴びせられ非常につらかったとも。
下見さん  3月12日以降ゆうパックの受付は停止になっており、地方から支援物資を送ることもできない。東北の一部でゆうパック配達が再開になったのは20日になってから。その日ヤマト運輸は東北全県で配達を再開しています。ゆうパックが東北全県で配達再開になったのは3月28日になってからです。

民営分社化の弊害の例としてバイク調達の事例を挙げます。郵便事業会社の配達に使うバイクが津波で流された。郵便局会社に被害を免れたバイクがあるというのでそれを借り受けようとしたが、契約のこととか事故が起きた場合の対応とか、本社に連絡がつかないので断られた、というのです。会社が違うので現場の判断では融通できないと。結果どうしたかというと、東京から古いバイクを急きょ送ったのです。たまたまテレビに被災地で配達する郵便屋さんが映ってましたが、バイクのナンバーは品川ナンバーでした。大田区の蒲田支店の仲間が「これはうちのバイクだ」と。
  もう一つ。郵便局の窓口には連日大量の問い合わせが集中しました。小包は届いてないか、先日出した郵便はいつ届くか等々。しかし郵便局はこれら郵便事業に関する情報は持ち合わせていません。会社が違いますから。これは被災地に限らず全国で同様な問い合わせが郵便局に集中したのですが、対応はひたすら日本郵便に聞いてくれと言うしかなかったと。日本郵便と郵便局が別会社だと言っても、普通はなかなか納得してもらえないでしょう。

現在、郵政3事業はほぼ完全復旧しています。全壊した局舎や支店なども仮事業所を建てて対応しています。ただ、郵便事業会社の支店は配達拠点として便利な所に仮建屋が建ったけれど、そこに併設されていた窓口は、これは別会社ですから、また別な所に仮局舎を造らなければならないといった、ちぐはぐなことが実際に起こっています。地域の利用者は混乱します。当然移動した郵便事業会社の支店に窓口もあるものだと思いますから。

最後に原発事故について。
  原発から半径20キロメートル圏内の警戒区域となったところは当然全事業停止になっています。職員は随時一時避難の上、その後会社からの連絡で異動先が決まりました。その間長い人で約1ヶ月ほど。
緊急時避難準備区域を配達する郵便屋さん  緊急時避難準備区域という所があります。今すぐに避難しなければならない訳ではないけれどという中途半端な区域指定ですが、放射線量の高さは警戒区域と変わらないことがその後明らかになってきます。住民は自らの判断の下自主的に退去し始めます。街の半分以上が避難した所もあります。当初「屋内退避避難区域」と指定されたところは一時郵便配達も中止しましたが、緊急時避難準備区域となってからは配達が再開されました。1軒でも住民が残っていれば、郵便屋さんは配達します。
  ではそういうところで郵便屋さんはなにか放射能に対して防御しているかというと、これが普段となにも変わらない。めんどくさいし暑いからとマスクもしない(笑)。
  正直これについては労働組合側の取り組みが非常に遅れていると感じています。被曝労働の問題についての対応が遅れています。先ほど電通労組さんからも報告がありましたが、やはり私たちもきちんとした放射能の管理対策を会社に要求すべきだろうと思っています。

*資料
   震災以降の主なマスコミ報道 (PDF476KB)

(報告 多田野 Dave)

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