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Headline 2011

空虚な「再生プラン」   (10.13)
―郵便再生プランを斬る―

事業会社本社は7月付けで「郵便再生に向けて バージョン1(たたき台)」なるものを発表し、全国の支店で社員を対象に業研を行ってきた。
  昨年「赤字」決算となったことによる事業の「建て直し案」なのだろうが、新鮮味は全くなく、使い古した言葉と営業の消耗戦、一度は「廃案」になった賃金制度が甦るというのが、大よその全体像となっている。
  24年度(2012年)には営業黒字、27年度(2016年)には、ゆうパック単年度黒字を目指すとしている。

再生プラン一つ目に「増収に向けた取り組み」とあるが、相変わらずの「中小口営業の推進」、つまり中小口におけるゆうメール(冊子小包)の営業とのことだ。「奪還営業」の目玉になっているが何のことはない、価格ダンピング競争のスパイラルに陥っており、宅配業者が価格を下げればさらにその下を行くだけの消耗戦であり、行き着く先はお手上げになっての「中止」か「廃止」しかない。
  また、「後納手続きの簡素化」とあるが、以前問題になった手続きを無視した不正引受を忘れたのだろうか。

 支店の集配センター化

「ネットワークの抜本的な再編、IT化の推進」には、現在の統括支店の機能を高めて、高性能区分機を集中配備し、区分業務に特化、一般支店の間接業務を集約とある。さらに一般支店は内務作業の削減による、お客様サービスに特化、さらに駅前の支店を郊外に移転、残った土地を再開発、内務作業の空きスペースをロジスティクス事業に活用、などなど歯の浮くような言葉が並んでいる。事故郵便の統括支店処理、内務作業の削減については、一般支店の集配センター化を目指していると思われる。

支店の郊外化については、省・公社時代から地域区分局の郊外移転は進んでいた。取り扱う規模と大型トラックの出入りを考慮して、高速道路や幹線国道に近接した所へ移転しており、1990年の新東京局を皮切りに新大阪局といった区分専門局くらいだったが、新仙台局、新金沢局といった地域区分局と集配局再編統合による郊外移転も目立つようになった。
  2011年には、富山支店が富山中央局から、今市支店(栃木県)が今市局と分離して市街地から郊外の辺地に移転している。旧地域区分局以外の事業会社支店郊外移転による局会社との分離は民営化以後増えつつある。
  今回の「再生プラン」では、局会社との分離、郊外化がより明確化されている。

これでは自家用車や二輪車を持たない者は通勤できない。最も地方では公共交通機関を使って通勤する者などほとんどいないから考慮しないということか。しかし、夜は暗闇となりそうな人家のない場所に、年賀アルバイトに行こうと思う高校生がいるだろうか。

局舎狭隘から、郊外に用地を求めるのだろうが、「日経」も東京中央局改築(実際には新築)に対して、「郵便の作業場など都心に不要」と述べている。そこには「街で働く」ということ、市民社会で共に働くという視点が見られない。朝一斉に出勤して、夕方一斉に退勤する工場とは違うのだ。
  かつては小学校の社会見学や中学校の職場体験で郵便局とりわけ郵便職場の公開を行っていた。それが、火葬場や清掃工場のような「迷惑施設」のごとく郊外化を志向しているとしたら、今後街から郵便職場が消えていき、単なる「物流基地」に過ぎなくなる。

 言葉だけの「権限委譲」

「新たな集配体制の構築」には「班を単位に上意下達ではなく現場の判断」とか、「支店への権限委譲」などと並べられているが、本当にやる気があるのか疑問である。
  現在、現場では支社からの文書とそれに対する報告で、管理者は朝全体ミーティングに立ったらそれ以降は自分の仕事つまり、支社への報告に追われているのが現状である。

そもそも、「再生プラン」には本社・支社のスリム化には全く触れられていない。それなしに権限委譲はないし、何が「風通しがよく」「現場の声を吸い上げる仕組み」なのか。
  夏が終わり、年賀販売を迎えようとしているが、昨年より印刷枚数・販売枚数が減少しているにもかかわらず、個人の販売枚数は前年度よりも増加している。それが、支店自身でで立てた目標であるとのことで、また「目標必達」が至上命題とされている。そんな組織の見直しもなしに
  「権限委譲」の言葉だけが踊るのは空疎に見えるのである。

 生き返った「新給与制度」

もう論を待たないが、一度は死んだ案が本社によって生き返らされようとしている。民間企業では破綻して組織・企業活動の停滞を招いた元凶にされている「成果賃金」を導入を性懲りもなく目指している。ここで多くは語らないが、単に人件費削減でしかない。
  前項で組織の活性化を促すようなことを述べながら、成果賃金では意欲が減退するだけである。「キャリアアップを目指すような人事・給与体系」というが、役職者が年功から現在の昇任試験になったとき、ある管理者は「これからは意欲と能力がある者だけが役職者になれる」と得意満面で言い放った。ところが、昇任辞退者が続出して一部では役職者志願を「お願い」してまわる事態になった。
  これに困った本社は新採募集の要項に「将来、役職者・管理者を目指す意欲のある者」との一文を加えている。まだ採用も決まっていない人に、採用になっても自らの仕事を覚えるのが手一杯なのに、「役職者・管理者を目指せ」とは、何とおこがましい会社なのか。

 たたき、粉砕するのみ

この「郵便再生プラン」は、まだ「バージョン1」でたたき台であるとのこと。だったら、この「突っ込みどころ満載」のたたき台はたたき壊すしかない。目新しさは何もなく、制度の再利用とはやり言葉を並べただけ。本社の「本気度」が見えてこないのは、見出しの空虚さだけではなく、自らも身を切る覚悟での改革ではないからではないか。
  権限委譲なのに本社・支社の肥大化を見直そうとしない、現場を見ないものが作成したただ見出しだけがおどる「再生プラン」など誰が信じるのか。
  次に具体案も提示されているが、その批判は、後日したいと思う。

(横田誠司)