トップへ
Headline 2011

アナログなデジタル   (12.02)
IT化って社員が右往左往すること?

このあいだ郵政ユニオンの組合事務室を要求したところ、「局舎狭隘」だと言う。しかしうちでは「倉庫」が腐るほどある。
  業企室長曰く、「現金管理機の精算書7年保存だから、倉庫室は書類で埋まっている」。
  もちろん見え透いた言葉だが、現金のやりとり、配達資料の整備、はてはバイクの乗車履歴までコンピューター処理となり、すべての情報が「中央の管理するところ」となり、デジタル化が進んだようで、じつはやたら紙を消費し、毎日中身を見ることなくハンコを押しまくらなければならない。

これはずっと疑問であって、しかし誰にも聞いたことはなかったのだが、いったい何か意味があるのだろうか。

配達資料は支店で管理している段には害はないが、中央管理ではサイバー攻撃などがあったら、えらいことになるのではないか。バイクの乗車記録など支店でも書いたきりだったが、中央でキッチリ10万人規模をチェックするのなら、相当の雇用創出を生むのではないかなどと。

こうしたことを考えるのも、現在私の職場では「携帯端末機による書留授受のIT化」をおこなっているからである。じつは全国的な状況には疎いのだが、2012年2月には本格実施と言っている。
  「午前であっても午後であり、午後であっても午前とは」という謎解きのようなシステムだが、これが象徴するようにシステム的に欠陥を抱えている。

10月初めに1時間の業研があり、1か月余りの放置ののち実施された。さて誰もわからない。
  郵便課の労働者もわからなければ、集配課の管理者もわからない。
  正しい処理でもシステム的に不符号を生むため、返納表の下に、不符号であっても間違っていない理由をボールペンで書くことになった。こうしないと受けたものがわからない。
  なんて立派なIT化だろう!

システム推進者の考えを想像するに、いままでは郵便課から配達終了までの途中の流れを把握することができなかったのを、これにより抑えることができるというものだろう。
  しかしこれは現場で作業を処理するもののことを考慮していないものである。
  配達証の事前添付が廃止され、携帯による作成に変わったときもそうだったが、いかにして人間のミスを防いで郵便物を配達するかという視点がない。

こうして毎日何枚もの誤配達などに関する「緊急特報」が印刷され、永遠に「基本動作」を怠った責任が追及され、誰もが中身を読むことなくハンコを押すことを強いられているのだ。

(一井不二夫)