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渉外社員の使い捨てを許すな    (07.18)
封鎖空間、郵便局会社での営業残酷物語

「いつも間近に利用してきた郵便局なのに、そこに働いてみたらまさかこんなひどい仕打ちをされるとは思いませんでした」。
 「この就職難、民営化されたとは言え郵便局だからと安心して入ったのですが」。

営業ノルマの締め付けは郵便営業に限ったことではない。いやむしろそれはゆうちょ銀行・かんぽ生命などの金融二社の締め付けの方がより過酷で常軌を逸しており、社員を追い込んでいる。
  郵便局会社の採用は現在、内務・外務とに分かれた募集をしている。外務とは渉外専門の社員、つまり貯・保外交営業を専門とする社員のことだ。
  大学新卒の、それも女性の採用が多くなっている。
  求められているのはずばり保険の外交員。彼女たちからの苦情・相談が激増している。

パワハラ・セクハラに関する相談が主だが、基本的には営業ノルマに対する締め付けが発端になっている。
  就職後、研修といっても具体的な仕事の段取りを教わるわけではなく、事業の置かれている環境とかコンプライアンスに関する周知事項とか、実際に現場に下りて必要な商品知識や様々な手続き等の研修はほとんどなされない。
  では現場に下りればそれら必要なことを学べる期間があるのかと言えば、オンザジョブトレーニングと聞こえはいいが、ようするになにも知らないうちに外に放り出されるのが実態だ。とにかく売ってこい、と。

 精神主義的締め付け一本槍

まだ勤務時間前。通用門のドアから窓からすべて閉めきった中で、全員日の丸の付いたはちまきを締めさせられてのミーティングが始まる。副局長あたりが音頭を取り営業ノルマの達成を叫び全員でエイエイオーと勝ちどきを上げさせる。
  営業成績の上がらない新人には個人指導の名のもと長時間にわたる詰問が待っている。今日は何軒声をかけたのか、どうして取れないのか、大学でいったいなにを学んできたのか、人間的に欠陥があるのではないか、等々、人格攻撃までを含む執拗な追い込みがねちねちと続く。
  営業の仕方を指導される。若い男の客の前ではブラウスの第一ボタンぐらい開けるものだろう。窓口に座る社員も同様に胸元を広く開けて渉外に当たれ、と。

これらの事例は氷山の一角に過ぎない。しかも実際にこれらの事例が表沙汰になることはほとんどない。
  昔から少人数の閉ざされた旧特定郵便局の中では常に問題が内部にこもり、隠蔽され、結局は個人の問題として内々に処理されてきた。民営化後、その体質はより陰湿な形を取って問題が内にこもるようになった。

 地域密着の思わぬ弊害

特に有期雇用社員の場合が深刻度は深い。郵便局の場合、その地域に馴染みのある社員が多いからだ。
局長のツテやら社員のツテやらで郵便局の有期雇用社員として作用される例は今でも少なくない。都会でも、自らの居住地域に近い局舎に応募することは珍しくない。そこで、パワハラやセクハラにあったらどうするか。そこで営業成績を執拗に求められたらどうするか。
  労働組合がないわけではない。単産としてはこの国最大の組合員を擁する労働組合がきちんと存在しているのだ。しかしここでもその存在がかえって障害となってしまう。その労働組合を差し置いて、少数の組合に加入したときに被るかも知れない様々な人間関係のリスクを考えると、やはり躊躇せざるを得ない。個人的な解決法を選ばざるを得ない。つまり、職場を辞するしかない、と。

 使い捨ての生保レディー

郵便局会社が特に女性の外交員を多く採用するようになったのはここ1~2年のことである。すぐにピンと来るのは、ようするに民間生保レディー並みの渉外社員を増やそうということだろう。いうまでもなく、この民間生保レディーは昔から使い捨て労働者として搾取されてきた歴史であるという事。

生命保険協会による「平成二二年度事業報告書」を見ると、2010年度の生命保険募集人登録者数は、新規登録が15万784人、一方、登録抹消者は14万3,444人となっている。この年に限らず、毎年新規登録者に匹敵するような人数が職場を去っていることが分かる。
  また、日本生命、第一生命など大手4社の営業担当者の平均勤続年数はどれも10年を割り込んでいる。日本生命の離職率は50%を超えるといわれている。

営業社員を片端から使い捨てにしてきたこの業界の体質がこのような数字からも裏付けられるだろう。その多くは女性外交員である。
  民営化後、郵政金融二社とその下請け機関と化した郵便局会社も、この民間業界に習いこれから渉外労働者を使い捨てにしていくのだと方針を改めたに違いない。

 一人ひとりの声を繋げよう

  この国の失業率はずっと高止まりしている。いくら労働者を使い捨てにしようと、低賃金労働者にそれを置き換えようと、いくらでも代わりはいるというわけだ。
  90年にバブルが崩壊して以降、この国の政策は本来なさねばならなかった政策とは正反対の道を選んできた。
銀行は自らのギャンブル投機の失敗のツケを国税で補填されながらその体質を改めることはなかった。利潤率の低下にあえぐ民間資本救済のためにと税率を下げ、長期金利をほぼただ同然にし、それでも足りないと公的部門を安価に切り売りし、労働市場の規制をなくし安価な労働力を使い捨てにできるシステムを作り上げてきた。
  郵便局の「経営」も遅ればせながらその流れにきちんと乗ろうというわけだ。

新人事・給与体系の改悪も基本的にこの流れに沿うもので、すべてのしわ寄せは末端の現場で働くものから絞り尽くそうというものでしかない。反乱をあらかじめ予防するために、「がんばる者が報われる」などとと二重三重の分断策を仕込ませているにすぎない。 さて、この流れはとどめようがないのか。

JP労組の中でも少なくない仲間が苦闘している。この7月には二つの少数派組合の合併がなされその行く末にも期待が高まっている。
  しかし何よりも、やはり一人ひとりが現場から声を上げていくしかない。職場で一人ひとり孤立し分断されている状況をなんとか全国的に繋げていくこと。そういう場を作っていくこと。そのためのインフラは今こそ整っているのではないだろうか。

多田野 Dave

*伝送便7月号に掲載された文章に若干修正を加えたものを再掲載しました。