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岡山ゆうメイト雇い止め裁判勝利!   (09.18)
最高裁第二小法廷、9月14日付けで会社側上告不受理を決定

上告不受理決定の通知は14日金曜日、正式に文書が届いたのは連休明けの今日(18日)とのこと。
  当該の萩原くんからメッセージが届きました。

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最高裁判所第二小法廷は、9月14日付けで、会社側の上告受理申立を受理しないという決定を出しました。
  これにより、昨年2月17日の勝利判決が確定する事になります。

この10月には、会社の統合が控えています。
 「会社は変わっても雇用の期待は保護に値する」と、最高裁はこの統合後の解雇・雇止めに対し、メッセージを出したのだと考えています。

岡山支店萩原さん解雇事件とは

萩原さんは、大学在学中の02年から約6年にわたって、雇用を更新され、当局の都合によって変則8H動務(午前8時から12時、夜勤17時30分から21時30分)という無茶な勤務に就いていました。
  午前の仕事が超勤になれば家にも帰れず、会社の休憩室で待機し、夜勤で超勤をすれば午前12時を過ぎて帰宅し、翌日8時に出勤ということもあったそうです。風呂の中で寝てしまい、睡眠不足で疲れが取れないまま翌日の勤務に就くこともあったそうです。
  当局側は自分たちの都合の良いように使っておきながら、交通事故が多い(4回)ことを理由に、08年3月末一方的に雇い止めを言い渡しました。
  岡山支店は半年間で約40件の交通事故が起きている多発支店。萩原さんはこの雇い止めに納得がいかず、裁判闘争に決起しました。

雇止めになってから、もう4年半が経過しようとしています。

2008年、雇止めになったとき、お金もなく、諦めようと考えていました。
  しかし職場・地域・全国の仲間に支えていただき、裁判で闘う事ができました。

2010年の1審判決は、私の全てを否定するようなものでした。
  その際にも落ち込んでいる私を、励ましていただきました。

2011年の2審判決が出たときは、1審判決のことがあり、実感がすぐにわいてきませんでした。
  翌日、判決文が手元にある事を確認したとき、ようやく「勝訴」の実感がわいてきました。

昨年3月3日、本社前でマイクを握ったちょうどその日、会2011年3月3日春闘ストライキ郵政本社前抗議集会で社側が上告受理申立をしたとの連絡が入ってきました。
  「やっぱり」と思い、不安を覚えました。

半年が過ぎても不受理の決定が出されず、やきもきした毎日を過ごしました。
  「受理決定がされないうちは、大丈夫」と信じ、やってきました。

2010年の郵政ユニオン岡山支部結成後は、事務作業に携わる事で、ひきこもりの生活になることなく、健康的に過ごす事ができました。

そして、今日9月18日、最高裁より決定が届きました。
  決定が届いたという一報が入ったときは、まだ信じられない気持がありました。
  上告不受理改めて決定書を読み直し、こうやって文書をまとめて、ようやく嬉しいという気持が高まってきました。

ここまで闘ってこれたのは、皆さんの支援があったからに他なりません。
  改めて、御礼の言葉を述べさせていただきます。
  本当にありがとうございました。

最高裁の決定は下されましたが、これで直接、職場復帰とはなりません。

期間雇用社員としての地位は認められました。
  給与の支払いも認められました。
  したがって、会社は就業させなくとも、給与を支払えば、それで判決に従った事になります。

職場復帰を求めていかなくてはなりません。
  この4年半の間に、正社員登用試験の受験機会も奪われました。
  全部を元の通りにするには、まだまだ課題があります。

これからもしっかりと闘いを進めていきます。
  引き続き、宜しくお願いします。

郵政産業労働者ユニオン岡山支部 萩原