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交通事故撲滅宣言―精神主義注入では事故は減らない   (02.05)
破綻したトヨタ方式を未だ引きずる越谷郵便局に見る官僚主義の根深さ

交通事故撲滅宣言今回紹介するのは越谷郵便局の資料だが、越谷局だけに限らない。似たようなことは全国の至る所で行われていることだろう。
  職員は各自「交通事故撲滅宣言」という文書にサインして提出しろというもの。
  かつてのJPS、いわゆるトヨタ方式のモデル局となった越谷局は、未だその傷跡を引きずっている。トヨタ方式は破綻したのならば速やかに元の職場に戻せばいいものを結局立ち作業を始め実態を無視した作業環境は未だ続いている。トヨタ方式は、会社の公式な「総括」では一定程度成果を上げたことになっているが、ならば何故それが全国に波及しなかったのかの具体的な理由については明らかにしない。
  当時から交通事故は激増していたが、会社が発表した文書には「当局(越谷局)では四輪の事故は飛び抜けて多い現状」だと、未だ深刻な状況を引きずっていることを認めているのだ。
  因みに全国13支社中、関東地本はワースト1の事故発生率だという。

官僚主義は自らの過ちを消して認めようとしない。常に責任転嫁をしつつ現状を維持しようとするから、そのほころびはどんどん大きくなっていってしまうのだ。
交通事故撲滅宣言  交通事故増加の最大の原因は現場にはたらく者は誰もが身に染みてよく知っている。余裕がないのだ。圧倒的な人手不足。屋上屋を重ねるような様々な煩雑な書類手続きも増え、労働密度の過酷さは度を超している。いったい一日に何回ハンコを押しているか、数えるのもうんざりとするほどだ。
  その上、精神主義の注入だ。一刻でも無駄にしたくない時間をわざわざ何度も切断させて繰り返される標語の唱和だ、ミスを犯した職員に対する見せしめ的なつるし上げだ、挙げ句の果ては営業尻叩き。そして、コスト削減のために残業はやるなと厳しく締め付ける。これで事故超勤手当に関する調査書を起こすなと言う方が無理というものだろう。

コストということであれば、この精神主義的な管理に長時間費やすことがもっとも無駄なコストというほかはない。ろくに意味もなくハンコを押し続けることも同様。用紙の無駄に限らず、かえって責任の所在を曖昧化してしまう。しかし何か起こるとすべて職員の自己責任とされてしまう。当然志気は阻喪する。
  この官僚主義がもたらす膨大なコストロスさえなくしてしまえば、事業危機など一度に解決してしまうのではないかと思えてしまう。

精神主義の注入ではなにも解決しない。事実、交通事故に限らず様々なミスはここ何十年もいっこうに減ってはいないではないか。
  官僚主義にあまりにも深く侵されたこの会社の体質は、またぞろ人事制度をいじったりしながら対処療法的「改革」を行おうとしているが、結局は現場の一人ひとりの職員に対して責任転嫁しようとるす施策でしかない。
  困ったことに、民営化されようとこの会社の事業は社会の重要なインフラを担う仕事なので、普通の企業のように一旦倒産して経営陣の総退陣ということにはならないだろうということ。
  官僚主義は、市場の要求によっては決して退陣するものではないということだ。

本来、この官僚主義に対抗すべき労働組合が、まるで鏡に映したように同様に官僚主義化してしまい、私たちの困難は倍増してしまっているわけだが、だからといってすべて諦めてしまっては未来を閉ざれてしまう。
  立ちふさがる困難はあまりにも大きい。
  私には相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいにこのことしか言えないが、やはり、繋がるしかないのだ。
  困難を共有する者どおし、広く繋がっていくしかないのだ。そして一つひとつ困難の解決の糸口をたぐり寄せていく以外にないのだと。

(多田野 Dave)