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新人事・給与制度をぶっつぶせ    (03.07)

非正規リストラと正社員低賃金化の同時進行

会社が1月に明らかにした「労働力政策」でまず括目しなければならないのは、非正規雇用労働者に対するリストラのすさまじさだ。
  日本郵便の郵便事業部をとれば、去年4月時点での社員総数を18万1000人であったとし、そのうち正社員は9万8000人(54%)としている。すると非正規雇用社員は8万3000人だったことになる。
  ところが「あるべき姿」では正社員数は4000人減の9万4000人だが非正規雇用社員は6万5500人。1万7500人も減らしたいというのだ。

さかのぼって一昨年2011年4月時点では旧郵便事業会社の社員総数は25万4600人、内訳は正社員10万2300人・非正規雇用社員15万2300人だった。2012年4月までの一年間でも正社員の減は4300人に対して非正規雇用社員はなんと6万9300人も減った計算。
資料  本当かいなと首をちょっとかしげたくなるほどの激しい減らされかただけれども、会社が明らかにした数字だ。
  そして会社がこれから持っていきたい数字は、こうである。

○ 地域基幹職(従来の正社員)     5万人
○ 新一般職(新たに作られる正社員) 4万4000人
○ 非正規雇用(月給制・時給制とも)  6万5500人

リストラの鞭としての新人事制度

社員総数では実数(18万1000人)と「あるべき」数字(15万9500人)の差は2万1500人。だが職場の実態はどうか。
  新東京局では月100時間以上の時間外労働をやった社員が去年12月には二人いた。45時間以上になるとこの二人を含めて43人。45時間というのは、これを超したら危険だという厚労省の判断基準である。100時間超なんてのは過労死ラインだ。
  危険ラインを超えて働かせなければ業務がまわらないのである。人減らしが激しくて、服務線表どおりに休息をとったら時間によっては社員が誰もいなくなる場合もある。
  深夜勤明けの超勤が常態化していることは本誌前号でも報告した。もっぱら非正規雇用の人に深夜勤3晩連続が指定されるようになった職場もある。健康が破壊されることの明らかな勤務指定が「人がいない」ことを理由に強行されている。
  それでもこのさき全国18万1000人から2万1500人を減らすという。これだけの減員を実現するための鞭、減員しても業務を回していくための鞭がまさに「新人事制度」に他ならない。

日経連、「新時代の『日本的経営』」

ところで、三つのグループ分けというと、1995年に日経連が提言した「新時代の『日本的経営』」が思い出される。そこでは労働力の以下のような三グループ化が提言されていた。

(1) 長期蓄積能力活用型(無期雇用)資料
  (2) 高度専門能力活用型(有期雇用)
  (3) 雇用柔軟型(有期雇用)

これを重ねてみると、郵便事業における労働力構成では「新時代の『日本的経営』」での(2)グループ(高度専門能力活用型 有期雇用)がほとんど見当たらない。エキスパート等500人というのがあってそれにあたるのだろうが極めて少ない。そのかわり(1)の無期雇用が二つに割れる。(1)ダッシュが新たに作られて、それが「新一般職」ということになる。
  ちなみに、いま郵政で導入されようとしている退職金ポイント制は、「新時代の『日本的経営』」で打ち出されたもの。

この(1)と(1)ダッシュの間の格差が歴然としているのはもう何度も言われていること。(1)ダッシュ=新一般職4万4000人というのは2012年時点での実数に対して会社が考える「あるべき姿」として対置したものであって、制度がスタートすればこの先は新採のほとんどと登用の全てを新一般職にするというから将来的には新一般職の比率はもっと高くなる。

注意しなくてはならないのは、(3)にあたる非正規雇用をどんどん(1)ダッシュに登用して、いずれみんな(不充分ながら)正社員にするというのでは決してないということだ。
  日経連提言の基本的考えは郵政の労働力政策にも貫かれていて、正規・非正規を分断する方向はハッキリしている。(1)が退職等で減った分をまた(1)として採るのではなく(1)ダッシュで採るから正規雇用の中で(1)ダッシュは徐々に増えていくけれども、(1)と(1)ダッシュの間に格差があるように、それ以上の格差は(1)及び(1)ダッシュ(正規雇用)と(3)(非正規雇用)の間には厳存したままだ。格差は残されたまま全体が低くなっていくのである。

それでも、登用の一歩手前まで来ていると思われる人たち(たとえば一昨年段階では旧事業会社に4300人いた月給制社員)にとっては新一般職が登用のハードルをいくらかは下げるということにはなるのではないか。これをどう考えるか。私たちの考えでは、そういう面はあるにしろ、導入にはやはり反対したい。もうひとつの格差が作り出されるし、新一般職の労働条件はあまりに不充分だから。

 会社の狙いは

それにしても(1)が次第に(1)ダッシュにとってかわられる過程はどのようなものだろうか。
  一昨年の4月と去年の4月では正社員の数は4300人減っている。定年退職で毎年それくらいは減る。しかし、そのペースで減っていった分を新一般職で補っていくとすれば「あるべき労働力」の新一般職4万400人まで10年もかかる。
  ところが新人事制度の下では競争に拍車がかかり労働密度が高められ、仕事の牧歌性など全く失われてしまうから、それに耐えられず早期退職を申し出る人が増えるだろう。
  地域基幹職5万人のうち「主任・一般職」は1万1000人だけにしたいというから、管理職あるいはそれを目指す人以外のいわゆる「ヒラ社員」はいずれ絶滅種。
2月20日の学習会にて  前記した日経連『提言』は無期雇用でのヒラ社員の存在など許さない。つまり新人事制度を鞭として地域基幹職から新一般職への転換のスピードを上げ、正規雇用の内部で低賃金社員をすみやかに増やし人件費削減をやろうというのが会社の狙いだ。
  新一般職に登用される人としても、焦らしに焦らされた挙句に正規雇用にはなったものの仕事はきつくなっているし待遇は以前の正社員よりはるかに低い。こんな登用のありかたで納得できるのか。

私たちは格差なしの希望者全員正社員化と非正規雇用の待遇の根本的改善とをともに要求したい。
  こう言えば、「そんな原資がどこにある!」という声が飛んできそう。しかし、いちばんの問題は、まさに私たち労働者までがそういう考え(原資がどこにある?)に慣らされてしまっていることではないのか。

クルーグマン教授の資本家批判

08年度のノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマン(米プリンストン大学教授)が去年12月10日付『ニューヨーク・タイムス』のコラムに面白いことを書いている。ポール・クルーグマン
  「国民所得に占める企業所得の割合が急増した一方で、賃金など労働者への報酬が減っているのだ。・・・資本家は労働者を犠牲にしたうえでかつてないほど大きな分け前をとって、もうけている。・・不平等について、かつて圧倒的に主眼が置かれていたのは、資本家対労働者の対立ではなく、労働者間の分配の問題だった。・・それはもう過去の話かもしれない」。

クルーグマンは左翼でも社会主義者でもなく資本主義支持の論者。このコラムの次の回ではアベノミクスを持ち上げてガッカリさせた。けれども、そんな人でさえ労働者同士で奪い合いをやるより企業のべらぼうな利潤が問題だと述べているのだ。
  彼がそう考えるのは労働者の味方だからなのではなく、こんな歪んだことを続けていたら資本主義というシステムがもたないと懸念するからだが、それはともあれ労働組合が会社の原資を持ち出させる闘いを組みもしないで「与えられた分」の分け合いだけに埋没していて、どうするのか。
  この点、スト権を確立して迫り、企業からも原資を持ち出させて格差なしの非正規全員正社員化を実現した私鉄広島電鉄の闘いなどに私たちは学ばなくてはならないのではないだろうか(本誌今年1月号「短期集中連載」参照)。
  そして、新人事制度反対の闘いと正社員化の要求はここでリンクする。ストを構えるような闘いを創り出していくためには、能力主義・成果主義のこれ以上の浸透を許してはダメなのだから。それは団結の土壌を腐らせてしまう。

(土田宏樹)