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ノルマがいっぱい    (07.08)
伝送便7月号掲載分から、また余計な駄文を添えて(^^ゞ

伝送便今月号表紙上部の写真。近畿某局の外壁に取り付けられた巨大看板。実はこれ、市の「屋外広告物に関する条例」に基づく申請義務を果たしていないものであると情報提供者からの告発。違法看板ではないかと。
  まぁだからといって市行政当局が目くじらを立てるほどのものかというと、そこは郵便局ブランド、きっと大目にみられているのではないかと推測する。
  しかし、確かに目立つ。この局所に働く身にとってはやはりちょっとこっぱずかしいに違いない。というより日々陰日向に自爆圧力をかけられている身にとっては、なんだか腹立たしいやら苛立ちやらが先に立つというか、皮膚感覚的に怖気を催すというか。

そしてその下。これも近畿某局から寄せられた写真。局舎内のボードの一面に貼り付けられた各個人ごとの、そのものずばりのノルマ表示。詳細はこの後の当該局からの報告(下のページをクリックしてね、PDFで開きます)に譲るが、堂々と「ノルマ」の文字が躍る。「ノルマ」がいっぱい。

その後報告者からは追加情報が寄せられている。
 「昨日支部要求書に『ノルマの意味は?』という趣旨の要求項目を入れたところ、連絡を受けた労担が分会窓口に来て、『そのボードを作ったことも知らなかったが、〈ノルマ〉と書いてあることもびっくりして、アカンと言いつけた。申し訳ない』と言うてきました。その後、計画担当者が必死に〈ノルマ〉を、今度は〈指標〉に張り替えていました」。

本社公式見解によると郵便局には一貫してノルマはないことになっている。民営化以前、公社時代から、いやそれ以前から何十年にもわたって、再三にわたる各方面からの様々な追及にも係わらず、ノルマは存在しないと。「目標」はある。最近はこれも「指標」などと言い換え始めたが、いずれにせよそれはノルマではないと強弁し続けてきた。もちろん現場は昔から当然のごとく実態として「ノルマがいっぱい」だった訳だが。

「ノルマ」の文字の上に「指標」という文字シールを一生懸命貼り付けている計画担当者の姿を思い浮かべると、その背中に悲哀さえ感じるが、これは「最後は金目でしょ」という言葉を思い出さずにはいられない。
  一旦放たれた「本音」は、その後いくら必死に言いつくろおうと、言葉自体を撤回しようと、決して「本音」そのものが消失してしまうものではないのだ。一度その本音の矢に貫かれ、傷ついた人々の心の傷は、生涯癒やされることはないのだ。
  「指標」というシールの裏に隠された本音としての「ノルマ」という文字は、伝送便今月号の表紙として全国に届けられ、全国の郵便屋さんの心に永遠に残り続けることだろう(^^;)。

不適正営業防止に向けた取組

去年の年賀繁忙開始時期に本社から発出されたこの文書は少なからず職場に波風を立てた。会社の方針が変わったのか?といった憶測より先に「チケット屋に持ち込むとバレて処分されるのか」といった問い合わせが多数寄せられた。
  5月15日、「14年度かもめ~る営業における不適正営業防止に向けた取組等」という文書が発出された。去年のそれとほぼ同様の文書。ただしその中身はかなりトーンダウンしている。去年のそれにはあった「金券ショップへの持込みの防止」といった項目そのものもなくなっている。
  それでもまたすぐに問い合わせの電話がかかってくる。「去年、チケット屋に持ち込んだとして処分された事例があるのか」と。
  苦笑しつつも、寡聞にして存じませんと応えるほかはない。「ただの脅しだから、安心して自爆して」と正直に私が応えたかどうかは否定も肯定もしないということにしておくが。

会社が「郵便局の自爆営業」という言葉がすでに広範に社会的に認知され、今や年中行事のようにマスコミを賑わすようになっている事態に、そうとう苦々しい思いを抱いているだろうことは想像に難くない。そのせいもあってか、確かに去年あたりからわずかに現場での取り組みにまだら模様が見られるようになってきた。個人目標そのものを設定しない現場が増えてきたのだ。班目標はある。しかし具体的に個人ごとの営業ノルマの数字は課さない、と。
  おそらくそれが本社の公式な指導ではなかったか。だが、営業成績下位に位置づけられた局は局長から現場管理者にいたるまで相変わらず支社に呼びつけられ罵倒を浴びせられている。その後自局に帰って彼らが職員に課すことといえば、やはり個人ノルマの締め付け以外にその処方を知らない。

ある局所の管理者はこう言い放ったという。「年賀のときは締め付けが緩すぎた。かもめ~る営業はまた元に戻す」。そして各職員に配られた販売目標を記す書類。それは本来は各自が自主的にその枚数を記すことになっているものだったそうだが、渡されたものにはすでにその枚数を記す箇所に鉛筆書で具体的な数字が記されていたという。700枚、と。

現場は何も変わらない。ただ気を付けなければならないのは、これは本社の、さらに言えばJP労組の思惑からも矛盾するものであるだろうということ。

業績手当とノルマの関係

6月の給与明細と共に配布された業績手当明細書。新人事・給与制度によって新しく設定された例のやつ。その支給金額にはすでに現場の多くの職員がため息を漏らしたものだろう。
  詳細は繰り返さないがこの業績手当の仕組みは業務手当半分、営業手当半分となっている。そしてその原資は局所の成績ごと、班の成績ごとに割り振り額が決まっている。成績の悪い局所、班には原資そのものが少なく配分され、1ポイントあたりの基本額も各班ごとに変わってくるというもの。

各班に割り振られた業績手当の原資は、班に属する各個人成績ごとに割り振ることになる。班全体の成績を上げていかない限り各人の1ポイントあたりの額が増えることはない。ひいては局全体の成績も。つまり連帯責任制の仕組みになっている。
  班の中のある強者が営業なんてくそ食らえと一枚も売らなかったとしても、これまではその個人だけが最終責任を負えばよかったのだが、これからはそう簡単ではないだろう。現場管理者が手を下すまでもなく、班の中から陰日向の圧力を感じざるを得なくなるかも知れない。

この会社のもくろみが見事に当たれば、毎年繰り返される現場管理者による個人ノルマ締め付けの狂騒も静かになるかも知れない。そんな大がかりな締め付けを強要するまでもなく、各班の職員はこれまで同様粛々と自爆営業にいそしんでくれるはずだ、と。そうなると、マスコミがいくら騒ごうが、現場ではノルマの強要など行ってはいませんよ。一部の不届き者が勝手に自ら自爆しているだけなのだから、と。
  自爆はなくならないだろうが、会社の責任は回避される、訳はないのだが、少なくとも表面は繕うことができる、仕組みになっているのだ。
  ありゃりゃこりゃりゃだ。

でも、あきらめてはいけない。会社の思惑には落とし穴がある。字数が尽きてきたので詳しくは書けないが、業績管理システム=評価主義がこれまでうまくいった試しはないのだ。いくらでもその無残な失敗の例を挙げることができる。そう、これまでと同様、どうせまた失敗するのだから。(多) 

 と、ここまでは伝送便本体7月号に掲載した私の駄文。ただ、最後の締めくくりがこのままではちょっと無責任かなぁと思って、さらに蛇足を加えてまたちょっとダラダラと(^^;)。もちょっとお付き合いのほどm(._.)m。

業績管理システム=評価主義がダメな事例について。実は最近こんな本が出まして。「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」(Amazon http://goo.gl/sgRoZO
  なんとも長ったらしい題名ですが、これ、一応ビジネス書です。つまり本来は経営者向けのいわゆるハウツー本。著者はアメリカのベテラン経営コンサルタントとのこと。女性です。そんなのどこが面白いのと思われそうだけど、ちょっと見出しを拾ってみましょうか。

第4章 「業績管理システム」で士気はガタ落ち
  ―終わりのない書類作成は何のため?

 その中の小見出しもいくつか。

・自らつくった「業績管理システム」で大混乱
  ・あけてくれても「書類」をつくる
  ・面倒なうえ「能率」も落ちていくばかり
  ・公正に見える「不公正」なシステム
  ・「評価」されることでがっかりする
  ・「客観的な評価」なんて存在しない
  ・なぜ「考課」で業績が落ちるのか?
  ・「インセンティブ報酬」は逆効果を生む

これって郵便局の話?(^^ゞ。いえいえ、アメリカの、ひいてはそのアメリカに追従してきたこの国の多くの企業にも当てはまる実例かと思いますよ。小気味いいほど現場の実態の矛盾を暴き出しています。何よりも彼女自身が同様のコンサルをやって見事に失敗した事例を反省の弁と共に述べているのですから。
  「この会社頭おかしいんじゃないか」と思ったらこの本を手に取ってみて、と著者自身が言ってます(^^;)。
  おそらく郵政本社あたりではすでに焚書扱いになっているのではないかな、とか(^^;)。

では郵便局も潰れるのかな、いや潰れてしまえ、とか思っている人も少なくないかも(^^;)。実は、すでに潰れた事例もあるのです。アメリカの郵政公社(^^;)。
  すでに2011年頃から毎年破綻寸前、デフォルト間近と報道され続けてきて、去年末に3億5400万ドルもの純損益を計上して、実体的にはほぼ破綻状態。何が起きているかというと、土曜日の配達を中止、米国内3700箇所の郵便局の閉鎖、2万8000人の解雇もしくは早期勧奨退職。
  もう一つ、カナダ。ここも破綻寸前。去年12月11に発表された内容によると「一般家庭への郵便物の戸別配達を段階的に廃止すると発表した。赤字経営が続いており、コスト削減が目的。地域ごとに設置される郵便箱に配達することになる」(2013年12月12日時事通信発)

もちろんその原因は「業績管理システム」というわけではないだろうけど、郵便局も、それもほぼ国営のそれも、潰れるときは潰れる。ただし、当然その影響は地域利用者へのダメージばかりか大幅人員カット、賃金カットに行き着く。
  先の「申し訳ない、御社を~」の著者によると、数ある経営管理手法の中でも「業績管理システム」は会社に打撃をもたら経営管理の中でも最悪のもので、会社破綻への即効薬とまで言い切っているのだ。彼女のいうとうりならば、、私たちの職場も、危ない危ない(^^;)。

とはいえ、問題は、この「業績管理システム」に変わる何ものかを郵便局もこの国の多くの企業も、世界の企業も、未だ見いだしてはいないということ。先の「申し訳ない、御社を~」は、一応ハウツー本なので、それに変わりうる処方箋を提示してはいるのだけど、ここらあたりがやはりビジネス書の限界で、それによると一言で言うと、「人間の顔をした資本主義」ということになる。そんなものはありはしない。
  すでに現在の資本主義は、ちょっと小難しいことをいうと、その資本蓄積循環システムが機能しなくなっている。このシステムが機能するには毎年3%の継続的な「成長が」必要とされているが、この国の主な企業の純収益がこれを達成しているところは、ない。国別に見ても中国を例外にOECD先進国といわれるところでこれを達成しているところも、ない。
  もうけが出なくなった企業が考えることは、人件費のカット。それが麻薬だとは分かっていても業績管理システム=成果主義以外に手っ取り早くそれを達成できる方法を資本は知らないのだ。資本自体もどん詰まりの状況に追い込まれているのだ。

 と、いい加減ここらあたりに止めておきましょうね(^^;)。

つまり、成果主義はどうせ失敗すると書いたけど、そのしわ寄せは必ずまた大幅人員整理に行き着くだろうという、暗~い結論になってしまうのだけど(^^;)。
  では、どうすればいいと思う?

(多田野 Dave)