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1.31「福島第一原発は今」―現役廃炉作業員に聞く    (01.07)
1.31集会に向けて福島現地を訪ねる

 会議室変更 2F→3F和室へm(._.)m。
 申し訳ありません、明日の報告集会、急遽会議室をちょっと広いところに変更します。皆さんからの問い合わせが多く念のためにちょっと広めの会場を用意しました。ただ、和室になってしまいますが<(_ _)>。途中休憩などを入れながらなるべくゆとりのある報告会にしていきたいと思います。会場の秋葉原和泉橋区民館は変わりません。分かりやすいように当日会場前に張り紙をしておきますm(._.)m  (01.30)

6号線、常磐道を走る

昨年の12月13日、本誌(伝送便)でお馴染みの土田氏と私は、冷えこみ厳しい常磐線いわき駅に降り立った。目的は、ようやく全線開通した国道6号線をいわきから相馬まで車で走り、被災地の現在を身体で感じることであった。
  道案内は9月からいわき市に暮らし廃炉作業に従事しているA氏である。きたる1月31日の集会で報告を行う元郵便屋さんだ。

安倍よ、これが「美しい国、日本」の現状だ
  (数字は1時間あたりのマイクロシーベルト)

いわき駅の放射線量はあまり高く無く線量は0,09(東京は同0,05)。

  廃炉作業員宿舎のA氏の住居内は同0,19と、やはり高い。作業中は線量を厳重に管理していても、被服などに被曝した線量を「持ち帰って」しまうようだ。

途中、四倉鬼越の仮設住宅に寄る。線量は0,05。昼近くというのに人影は全く無くひっそりとしている。

A氏のリードでJビレッジ(同0,08)を訪れる。土曜日のせいか閑散として物寂しい。
  ここに各自、車で集まりバスに乗り換えて福島第一に出撃するそうだ。

楢葉町の「ここなら商店街」(同0,13)にて昼食。ラーメン550円を食す。他に開いてる店もなく、裏手には倒壊した二階屋が見える。

  「エネルギー福祉都市 自然と科学が創造する豊かな郷土」と書かれた巨大な看板が虚しい。

6号線を富岡町へ向かって走ると、窓ガラスが全て割れ落ちているパチンコ屋さんや倒壊した民家が増えてくる。
  右に曲がり富岡駅(同0,32)に向かう。壊れ果てた家々が両側に続く。車もひっくり返ったままで、駅舎も残っておらず改札口のステンレスのポールが虚しく光る。辺りは被災当時のままである。

 
    駅の向こうに仮置き場用か倉庫らしきものを建設している。安倍さん富岡に来たことあるのかなぁ~。


  大熊町(同1,76)を抜け再び右折し福島第一原発まで1,2Kmの地点に到着。14マイクロシーベルト。土田氏は車から降りてこない。雪が降りしきる中、浪江(同1,3)から常磐自動車道に乗り相馬(同0,07)で降りる。

1月31日の廃炉作業員報告集会に参集を!

今回、帰還困難区域の一部を走っただけでしたが、こんなに人が住めない土地が延々と広がっているのか、震災から4年近く経って何にも手を付けられない所がこんなにもあるのか、胸を抉られる想いでした。
  1月31日、除染作業も経験しているA氏から、今進められている廃炉作業の現実、被災地の今が語られます。多くの方々が集まり福島を忘れない気持ちを新たにしましょう。

久保 茂