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郵政ユニオン2014訪韓団報告    (01.15)
日本と同様韓国でも非正規労働問題が重要課題に

2014年11月7日から10日にかけて、福岡と兵庫、奈良各支部の郵政産業労働者ユニオンが組織した郵政訪韓団がソウルへ向かった。
  今回の訪韓は、日韓の郵政労働者が個人的な友好関係を築くことから、郵政産業労働者ユニオンと2013年10月3日に結成された「韓国郵便局労組(KPLU)」との関係構築へと段階を進めるものだった。ただ、今回の訪韓は日本側の準備不足があったため、昨年の訪韓の中心メンバーが参加できないということになった。それでもアジア共同行動(AWC)の協力で、本部のメッセージを翻訳して持って行くことができた。

11月7日にソウルに到着すると、AWCとともに左派労働者会事務所を訪問した。ここでホ・ヨングさんと、左派労働者会、非正規労働者を組織しているアルバ(アルバイト)労組、反原発に取り組む青年緑ネットワークから最近の情勢報告を受けた。

注目したのは、全組合員による民主労総の委員長直接選挙が12月に実施されることだった。
  「本部事務所占拠などを行ってようやく直接選挙を実現させた。私は右派に牛耳られ、地域とのつながりを失い孤立している民主労総を、非正規労働者や貧困層を助ける組織に変革するため委員長選挙に立候補した、この選挙で組合員の意識が変わるだろう」と、ホさんは語った。(選挙の結果は落選。しかし約3万7700票を得て9.7%台の得票率を記録した。)

青年緑ネットワークの報告。
  「原爆と原発は同じだ。核は悪だ。原発から送られる高圧送電線に対する反対闘争がミリャンで10年間にわたって行われている。電磁波による健康被害を危惧して80歳代の老人たちが行ってきた闘争は、多くの財産を残した。この送電線を使う原発建設は汚職事件で止まっている。高圧送電線建設は原発建設とセットだ。韓国の核武装を視野に入れて進められている。」
  そして京都の米軍Xバンドレーダー基地建設や、沖縄辺野古の基地建設反対運動の動画を見て言った。「これは私たちと同じ闘いだと思う。韓国と日本の民衆は連帯して闘おう。」

日本側からは労働契約法20条裁判を報告した。
  「日本の若者は反原発や安倍政権打倒にかなり積極的に参加している。しかし、自分たちが働く労働現場で立
ち上がることには消極的だ。それでも均等待遇を求めて20条裁判を起こした郵政労働者がいる。これは日本の労働運動にとっては画期的な動きだ」

翌8日、チャン・ギアンさんの案内で、ソデムン刑務所博物館に行った。展示内容は以前とは大きく異なっていた。日本の植民地支配の蛮行よりも、韓国軍事政権による弾圧に主眼を置いた展示に変わっていた。

韓国の郵便局事情

ウンピョン局と集配を郊外に移転した新ソデムン局の内部を見学した。紙の配達証ではなく、携帯端末の画面にタッチペンでサインをする書留配達のシステムは、日本よりも進んでいると思った。また集配は日本よりも余裕があると感じた。

郵便道順立ての機械処理は、その地域の配達を担当する集配局で行うことを知った。日本のような集中処理はしない。一方で、日本と同様集配を郊外の局に移転させていることも知った。
  なお、無集配局になった旧ソデムン局の空きスペースは、なんと宿泊施設になっていた。職員の出張などに使うそうだ。皆さんために予約していたのに、泊まらなかったのは残念ですとチャンさんは言った。

続いて韓国郵便局労組委員長のチュ・ヨンドさんの案内で、ヤンチュン局内部を見学した。
  韓国の集配で今問題になっているのは、住居表示が「・・・洞・・・番地」から、「道路名+建物番号」に変更されたため、新旧住所が混在して配達がしにくいということだった。
  見学の後の懇親会でチュさんに郵政ユニオン本部のメッセージを渡した。それを受け取ったチュさんは、11月15日に開催される第二回定期総大会に郵政ユニオンを招待するとの文書を訪韓団に渡した。委員長などの三役クラスの相互訪問を行い、内容が良ければ一般組合員の訪問を行って交流を深めようという提案をした。

翌9日、アルバ労組集会とホ・ヨングさんの委員長選挙出馬式に出席した。
  「私たちアルバイトは、義務は正規労働者と同じなのに賃金は半分以下、それも最低賃金以下でした。研修もなく、怒鳴られながら自分で仕事を覚えました。昼休みもなく働きました。義務を果たしたにもかかわらず、アルバ労組に加入したことで解雇されました」とマクドナルドに勤務していた組合員が報告した。
  「アルバイトを殴らないでください、アルバイトに賃金を支払ってください」と書いた三角帽子をかぶって、アルバ労組の若者たちと一緒に全国労働者大会に参加した。日本から参加した労組や団体もデモ行進した。
  「日本の労働者が参加しています。ありがとう!」とのアナウンスが流れた。
  大学路を埋め尽くして大会が始まった。「ストライキで世の中を変えよう!」という民主労総副委員長の発言に大きな拍手が起こった。
  翌日帰国した。組織としての交流の第一歩が踏み出された訪韓だった。

(筑紫次郎)