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福島第一原発廃炉作業―現場は孤独で殺伐としている    (02.02)
立て続いた3件の死傷事故について考える

報告会のもう終わり近く、会場からの質問。

*お詫びと訂正

会当日に皆さんに配布しました資料の内、冒頭A氏の簡単なプロフィール、福島第一原発に入ったのは9月からとなっていますが、8月からの間違いでした。ここに訂正させてもらいますと共に間違いをお詫びします。

「今日、Aさんはなぜ本名を出せないのでしょう。それはもちろん実名やお顔を出せば東電からいろいろな圧力がかかったりするのかも知れません。それはとりもなおさず私たちの運動の不十分さもあるのだろうとも思います。ですがやはり堂々と正面から現場の実態を告発するということも必要なのではないでしょうか」。

厳しいご指摘ですが、その通りだと私たちも思います。それについてはAさん本人に語ってもらいます。

「実名を出したからといって、それを理由に解雇するなどということは法的にもできないでしょう。ただやはり東電や元請けなどからは私を直接雇っている会社に対して何らかの圧力がかかるかもしれません。そうなると同僚との関係がギクシャクしたりとか通常の作業になんらかの不都合が出てきたりはしないか、現場そのものからはずされはしないかといったことを心配しています。でも、確かに現場は問題や矛盾が山積していますから、いずれはきちんと責任を持って報告したいという思いはありますが」。

ということでしばらくは「Aさん」の報告になります。

A氏の話はやはりこの1月19日20日と連続3件立て続けに起こった原発作業員の死傷事故についての詳細報告から始まった。
  19日は福島第一の高さ約10メートルのタンク、その上部の明かり取りのための天板を開けようとして天板ごと転落、死亡したもの。A氏によるとこの亡くなられた安藤ハザマの社員は「安全管理者」でもあったという。普通「安全管理者」というのは現場作業には直接携わらない管理・監督として職務であり、この方も20年以上の現場経験があるベテランの職員だったという。それだけにこのような事故はまず考えられないような事故であったとも。
  命綱も付けず、しかも現場では厳しく規制されている単独作業を安全管理者自ら行うという、日常作業の基本をまったく逸脱したもので、どうしてそんな基本的なことが守られていなかったのかが不思議でならないと。

同日午後には柏崎刈羽原発で点検作業中の職員が3.5メートルの高さから転落、脚などを骨折する重傷。そして翌20日には福島第二原発でも死亡事故が発生。機器点検の際の事故死。750キロもの鉄の塊が突然倒れてきたという。この方も現場20年以上のベテラン職員で現場の責任者、職長でもあったという。そして、この場合も単独作業、しかも通常の手順が守られていなかった。

この二つの死亡事故は本来ならあり得ない事故だったろうという。しかしこれはベテラン職員だからこそ起こってしまった事故かも知れないともいう。
  A氏のような初心者ならば単独作業ということはまずあり合えず、作業中の分からないことは同僚と共に現場長の指示を仰ぐしかない。しかし逆に職長などのベテランになれば、周りの職員の作業がスムーズに行くようにと、つい率先して作業を行ってしまうということもあったのではないかという。例えそれが厳しく規制されている単独作業であっても、それを止める職員が、職長であるが故にいなかったのではないかと。

この事故以来、今現場の仕事はすべて止まっているという。A氏が言うには、これを機に現場ではいわゆる「(事故)事例研究会」というものが開催され、この3件の事故についての詳細な検討が現場職員レベルでも行われたという。
  ついつい郵便屋さんなら自分の局の「事故事例研究会」というものを思い出してしまうが、郵便局のそれは事故を起こした者に対する懲罰的な糾弾会に堕してしまっているのだが、原発作業員の死亡事故に対するこの事例研究会は本来の意味でのそれに近いものであったようだ。
  ただしA氏に言わせると、それでも今回の事故の原因はまだ根深いところにあり、工期の期限が守られず様々な行程がタイトになっている中で、場当たり的な作業指示や作業手順が増えていること、7千人もの作業員の安全性を考慮し効率的に管理することの困難性などを訴えていた。

さて、報告はさらに具体的な普段の仕事の内容や日常的な生活の話などに移っていきますが、この先は伝送便本体へ連載で掲載していきたいと思っています。

是非、伝送便の定期購読を(^^ゞ。(最後は営業で終わってしまったm(._.)m)

(多田野 Dave)