(03/0524)
   インタビュー
   初代郵政公社総裁 生田正治氏に聞く
 
    全逓・全郵政をパートナーに
    国民利用者に喜ばれる
    公社改革を断行します!
 
「労働レーダー」4月号
発行所  同盟通信社
編集室  労働問題研究会議

 
    〔四月一日にいよいよ郵政公社がスタートする。今回は、初代郵政公社総裁生田正治氏に公社のあり方、労使関係etcについて、直撃インタビューを試みた。〕

  ― 日本郵政公社総裁となるべき者として任命される以前に考えていた郵政事業と、任命後、郵政事業への関わりを持つ中で知り得た郵政事業の相似点を伺いたい。

  郵政公社をよくしたいという思いで職場が一致している。
  印象が一八〇度変わった。


 生田 私は、郵政公社にくる前には、商船三井にもいましたし、経済同友会の副代表幹事でありました。
  それと同時に経済同友会の経済政策委員長という仕事をしていました(日本経済のマクロ分析)。その時には外からマクロ的に郵政三事業を見ていました。
  マスコミが当時から言っていたように(今日そうではありませんが)ずいぶん保守的な組織だなぁーと思っていました。公社に来る前には、色々な友人から入ったらたいへんだぞと言われていました。
  ところが入ってみると、その印象がガラッと変わりました。どんなところだろうなあーという気持ちで入り、九月から毎日、色々な人々にいろいろなところで勉強させて頂いております。もちろん、経営する立場から申し上げると、座客だけではだめですよね。現場で、一線で働いている人の声を聞かないとね。
  幹部だけで意見交換していてもしようがありませんので、できるだけ現場の若い人達と積極的に交流しようと考えております。
  従って、地方の郵政局、郵便局などにもずいぶんと足を運びました。また、日頃から郵便局を応援し、愛してくださっている地域住民の方々にも集まって頂いて意見交換をしました。それから、色々な世代の方々と肩のこらないざっくばらんな飲み会なども企画して、意見交換しました。このあいだも東京では、二〇代、三〇代、四〇代の若い職員とずいぶん酒をくみかわしました。
  そうしたことをしながら、感じたことは、その共通項として〃みんな郵政事業を改革してよい方向にもっていこう〃というベクトルの一致と志をしっかり持っているということです。気持ちが伝わってきました。
  そういう意味では、入る前の印象と入ってからの印象は全く変わっているといってよいと思います。 〃これならやれる〃 〃よい公社になるなぁー〃という自信を私も深めることができました。

  ― 総裁が現場を視察されて、思ったことを聞かせて下さい。

  使命感がみなぎっている。

 生田 私は郵便局に四〜五〇足を運んでみました。そこで思った印象ですが、(公式訪問は三〇、非公式が飛び込みも含めて七〇以上)ひょっとしたら優等生がたくさんいるよいところだけを見せられたのかもしれないが、そういうことを差しひいても、私が感じたのぱ〃使命感〃がみなぎっているという印象です。
  その使命感を分析すれば何かといったら、郵政事業を一生懸命改革しようということと、もう一つは、社会に役立ちたいという二つだろうと思うのです。本当に一生懸命やっています。
  前者でいえば一人住まいのお年寄りに声をかける連動をはじめ、世間の目に見えないところでがんばっていますね。ひまわり運動とかもね。もちろん、全部の郵便局に行っているわけではないので、すべてすばらしいということはいえませんがね。後者でいえば、地域住民の方々が集まった時に、地域の人達が足をそろえて、〃本当に郵便局には感謝している〃と言うのですよ。とってもよい感触ですよ。
  二番目に感じたことは、職場のどの年齢層に聞いてみても、四月一日にスタートする時から、〃本当にすばらしい公社だ〃と国民みなさんに本当に変わったと認めてもらおうと、そしてそのために今何をやったらいいのかという気持ちが強く伝わってくるのです。
  こうした気持ちはどこに行っても同じように感じました。

  これが郵政事業の仕事なのだろうかと思う時もある。

  三番目の印象としては、田舎といわれる地域、山村などに行った時に思ったことなのですが、そこの郵便局が地域社会に溶けこんでいることはもちろん、そこに住んでいる人達の役に立つ仕事をやっているなあと感じました。でも、少しそこで思ったことは、そうしたことが悪いと言っているのではなく、そうした一つ一つのことが本当に郵政事業の仕事なのだろうかといった感じもじゃっかん受けました。
  そのところは、少し違った角度から分析しなくてはいけないと思いますが、とにもかくにもいえることは、そこの地域に住んでいる人達の役に立つことをやっているなあーという印象です。社会的な役割でいうと、ユニバーサルサービスがあるが、これはこれとして大事だが、経営は経営、どこが赤字でどうしたら改善できるのかということについては、数字をしっかり出して検証します。

  ― 一部報道によると、四月一日の公社設立に合わせて本社組織の拡大と機能の強化を行う(経営企画部をつくる)考えとも聞くが、利用者との接点を郵便局におく郵政事業としてはベクトルの方向が少し違うのでぱないでしょうか。

 生田 これはあくまで本社組織内部の刷新再編なのです。兵力は変わりません,でももちろん、一部総務省からくる人もいますよ。総務省の管理部門などからね。でも今度は生産性を伴う仕事にまわっていくということもあるでしょう。でもそれば郵政公社全体で組織機能の再編をしていく中で当然やっていくべきことです。〃拡大〃ということでぱありません。つまりそんなに大きくは変わらないということです。

  中央集権的重層構造ではない。

  お客様に対する郵便局の目線ということについては、ベクトルの違いを指摘されましたが、ベクトルの違う中央集権的な重層的な組織などには致しません。
  あくまでお客様に対するサービスを改善するために本社機能を機能的に再編して、職員が働きやすい環境を作りサービスアップをする目的でするのです。従って中央集権的な重層構造を残す、あるいは新たに作るなんてことは考えられません。
  従って、本社機能を再編することによって、意思決定が遅れるなんてことはありえません。逆に以前よリスピードアッブしますよ。
  たとえば、こんなことも考えています。あるものが一つのセクションにいつまでもとどまっていることがないように、公社全体にまたがる委員会などもつくりたいと考えています。そこで公社全体の機能的チェックをします。

  経営企画本部は公社の頭脳である。

  今御指摘の経営企画部についてばこういうことがいえると思います。おおよそ事業たるもの採算と無関係でいられるはずがありません。100%親方日の丸なら別ですよ。けれども事業として総合的に自律的にあるいは独立採算的に事業らしくやれと言われたら、〃採算性〃を抜きには考えられません。たとえばどうしても利益がでない部署セクションがあれば、そこの部分についても、明確な指示と指摘を与えなくてはいけません。郵便事業もここのところ赤字が続いています。この体質を変えなくてはいけません。
  つまり、しっかりとした経営をしましょうということです。その時にそうした体制づくリのために作ったのが経営企画部なのです。これを横に作って、公社の経営を監視すると同時に、三つの部門(郵便・貯金・保険)がそれぞれにがんばっている中で、相乗効果が出せるように、経営企画部が公社全体でエネルギーを発揮できるように目配せするので
す。
  地方で、これから市町村合併が進んでいきます。その時に郵便局が果たすべき役割ぽ大きい。さらに国際郵便の部分もあります。そうしたところをすべてにわたって、きちっと指導チェックできるのが頭脳部分であるところの経営企画部なのです。このことによってお客様に対するサービスの質は逆に向上すると思っています。

  ― 公社の経営陣は、総裁、二名の副総裁、一四名の理事で構成きれるが、本社組織の拡大と重なり、その意思決定、施策実施等の迅速化の障害とならないかと危瞑するむきもありますが。

  三〇万、三〇兆円産業で役員数は少なすぎる。

 生田 民間的な手法で一つの企業を経営するとなれば、今一部上場で利益をだしている立派な会社もありますが、そうしたところの役員は何人いるでしょうか。売り上げが一兆円規模の会社でも何十人といますでしょ。郵政は全体で三〇兆円ですよ。
  現在、コーポレートガバナンスと言われているでしょう。経営と執行を厳格に二つにわけているところでも取締役は十数名ブラス執行委員が十数名いて、合計で三〇名以上はいると思います。

  ― 三〇兆円産業でいえば、むしろ少なすぎるくらいですか。

 生田 経営する以上は経営陣がいるでしょう。でも公社の場合商法上の取締役プラス執行役員というカタチは取っていません。公社の場合、兼務ということになります。足してみるとわかりますが、総裁一名、副総裁二名ですからそれで三名、プラス一四名の理事ということになります。足し算で一七名です。おまけに、一七名の内三人は非常勤です。民間でいう社外取締役です。ということぱ実質中に入っている役員は一四名ということになります。そうみてくるとまれにみるミニガバナメントといえませんかね。
  これだけ小さな経営陣で、多いと言われますと、他の民間企業の場合と比較した時どうですかと答える他はありませんね。本当は二名増やして一六名までは任命できるのです。でもやめました。
  できるだけ、コンパクトなカタチでスタートしたいじゃありませんか。法律上許されている二名については空き屋同然でスタートします。
  ですから総裁ブラス二名の副総裁、きらにプラス一四名の理事を考える時に、他の企業の商法上の取締役の数と執行役員の数を合わせたものと比べてみて下さい。そうするとその違いがわかります。

  ― 郵政の労働組合、労働運動についてどう思いますか。それから、全逓と全郵政の旗開きの時に総裁が言われた、公社で働く人達の長期的なビジョンが描けるような経営施策とはいったい何なのかということです。

  労働組合は本当に郵政事業の将来のことについて考えている。

 生田 そのことは当然です。もちろん、全逓、全郵政以外にも組合はあります。そのことを前提にお話しをしますが、最初は全逓さんなどは古典的な労働組合主義なのかなあーと思っていました。外にいたころですよ。昔は新聞で権利の全逓などとすごい時代があったじゃないですか。そのころのイメージもあって、外にいるころはこれは大変だぞと思ったこともありました。
  でもね、入ってみると目から鱗です。ものすごく、郵政事業の将来のことを真剣に考えていますね。
  一昨年出している全逓と全郵政の政策提言を読んでみても、その先見性にぱ驚きました。たいへん立派です。
  たとえば、経営者が経営陣として出している施策と両組織の提言を比較しても、かなりの部分だぶっているということができます。
  全逓の石川委員長のところでは、何と公社ガバナンスの徹底とか、事業経営のあり方についてはその人事制度の改革において能力、実績にもとづいた制度に改めていくべきだと言っています。
  組織機構の改革は機能と権限の明確化と、経営資源の効率的、効果的配分、意思の決定の迅速化までうたっています。
  これはもう経営側の発想ですよ。
  郵便事業については、新規サービスの開拓、民間企業との提携や戦力部門を担当する独立したサービス開発部門を作ったらどうなのかといったことも言っています。
  また顧客の視点から発想する。商品ではなくサービスを提供するのだと言っています。強みを生かした全く新しいサービスを設計すると言っています。もう拍手したいくらいです。
  全郵政もすごいですよ。負けていません。キャッチフレーズが郵政維新であり、郵便局改革宣言でしょ。
  その意味で思想的には、もはや両方にそんなに差はありません,全郵政の方では特に事業部にあっては、マーケット本部を設けて、お客様ニーズに合わせた商品開発と事業推進を図るべしと言っています。
  さらに驚くべきは、新たな事業展開もふくめて企業的経営手法を可能な限り導入したいとも言っています。また、中長期的経営計画の策定、実行にあたっては、聖域なき改革の観点から現場職員の眼に明確にわかるように痛みをわかちあう姿勢と実践が大事であるとも言っています。また全逓と同じですが能力、実績を重視した人事制度の改革もうたっています。

  痛みもみんなでわかちあおう。

  経営側としてみれば、両組織があるいはそこに働く組合員が〃みんな郵政事業をよくしていこう〃そのためにはどんな改革にもチャレンジしていこうという思いがあふれている中で、公社がスタートできるのです。
  この機会を利用して経営側もいっしょに郵政事業をよい方向に改革しようと思っています。
  そのことが結果的に社員、組合員の幸せにつながります。そう思っています。社員、公社員、組合員も同義語です。
  郵政事業がよくなれば、公社もよくなる。公社がよくなれば職員も、組合員もよくなります。
  つまり、郵政事業を立派に発展させていくという一点については、労使とも思いは全く同じということです。だからこそ、提言も全く似たようなものになるのです。表現まで似てくる。(笑い)
  もちろんこれから痛みをわかちあうような状況がでてくるかもしれません。でも一人がそれを受けることではありません。みんなでわかちあいます。
  経営は経営で努力します。たとえばシステムの合理化などでね。あるいは投資計画の変更もあるかもしれません。経営は経営でその時は痛みをわかちあいます。
  それを同時に労働組合にもお願いすることはでてくると思います。これは労使で乗り切れることです。公社をよくしていこう、そのための改革は何でもやっていくという思いで一致していますからね。とにかく、よく話しあっていきたいと思っています。

  ― 両組織とも、経営協議会の設置をうたっていますが。

  労使の協議の場は必ずつくる。

 生田 経営協議会という名前がふさわしいかは別として、その種の協議会はつくりたいと考えております。
  別につねに顔をあわせたり交渉するということではなく、色々重要なことがあった時に意見を交換し、理解を深めていきたいと考えています。
  組合とは対立軸とはみていません。とにかくよく話しあっていっしょに公社の発展のために努力していきたい。この両者の組合なら全く問題はないと思います。

  ― 最後に、小泉首相は、公社は民営化の一里塚であると言っていますが、総裁はどう考えていますか。差し障りのない範囲で答弁願えますか。

  民営化については考えていない。
  どのように郵政公社を成功に導くかしか眼中にありません。


 生田 私は郵政公社の事業を成功に導くためにきました。また郵政公社の成功を達成もしていないのに、民営化のことは全く考えていません。
  今私の思っていることは職場に働く真面目な組合員、職員とともに、私も努力して郵政公社を国民利用者から本当に喜ばれるようなものに変え、本当に郵便局があってよかったと言われる事です。そのこと以外に考えていることは何もありません。

  ― 本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。また、公社がスタートして六ヶ月後くらいたったら取材させて下さい。
                                   (インタビュアー薩川隆一)
 
 
 
 
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(03/07.09)
 
「官と民」二つの顔をもつ巨大組織、発足
悪弊を温存し郵政公社「改革」の道は険し
                         (フリーリポーター) 横田 一
 
月刊現代5月号
 
    日本郵政公社の発足が目前に迫った3月上旬、東京都内の喫茶店。都内近郊の郵便局に一般職員として勤続40年のMさん(58歳)は、かばんの中からB4サイズの文書を取り出し、テーブル越しに差し出した。
  文書の表題は「施策商品チャレンジ目標」。後ほど詳しく触れるが、郵政OBの天下りのために存在するといわれる「ふるさと小包」の販売目標や実績などを書き込む一覧表である。縦の欄にはMさんが所属する集配課の班員の名前、横の柄には四季折々の「ふるさと小包」の商品名が並んでいる。
 「この前までは『鍋自慢 銘酒自慢』、そして4月からは『めんグルメ(春)』に取り組みます。チャレンジ目標は年度ごとに作成しますので、来年度の目標は今から決めていくんです」
  よどみない説明に、私は思わず“待った”をかけた。
 「4月から郵政公社になるのに『ふるさと小包』は廃止されないのですか」
 「そんな話は全然ありませんよ」
                          *
  小泉構造改革の目玉、郵政改革の具体的な姿が見えてきた。4月1日、日本郵政公社が発足したのである。小泉首相が「民営化の一里塚」と語ったように、郵政公社は役所と民間企業の中間的な存在で、官と民の二つの顔を持つ。職員の地位は公務員のままだが、民間の効率的な手法も取り入れる。ユニバーサル・サービス(採算性の悪い地域を含む全国津々浦々への集配)を維持しつつ、郵便・郵便貯金・簡易保険、いわゆる「郵政三事業」の独立採算も目指す―という具合だ。
  しかし先行きは厳しい。郵便事業はeメールの普及や民間宅配業者の急成長に押きれっばなしで黒字が稀な慢性的赤字状態、簡易保険事業も斑員が違法契約に走るほどのノルマを課しても収支はトントン、そして唯一の稼ぎ頭である郵便貯金も高金利時代の運用益を食い潰しているだけで、超低金利時代の今となっては収益滅が確実な情勢だ。この長期低落必至の経営状態を、いかに民間の手法を取り入れながら黒字化していくか、これが生田正治初代総裁が率いる郵政公社最大の課題といえる。さて―。

  “自爆”する課長

  郵便局に行くと、必ずと言っていいほど色とりどりのチラシやカタログの入った棚が目につく。オホーツク産のカニ、信州のりんご、熊本県の馬刺し、変わり種ではジャイアンツのカレンダーや地球儀などと盛りだくさんだ。
  このチラシを郵便職員は郵便物と一緒に持参し、書留を届ける際などに「こういうものもやっています」と、利用者に声をかける。このときに契約が取れなくても、後日利用者から「注文したい」と連絡があれば、再び出かけて行って代金を受取り、申し込み用紙に代筆したり、振り込み手続きを代行したりもする。配達中は忙しいので、昼休みや勤務後など時間外に勧誘を行うことも多く、職員の“サービス残業”の温床になっている。要は職員を営業マンに仕立てた訪問販売である。
  この「ふるさと小包」の営業成績は昇進昇給に大きく影害するため、職員とくに管理職は目標達成に必死になる。管理職は自ら決める目標数も多い。月末まで達成率が半分程度なのに、最終日にいきなり100%に跳ね上がる“成績優秀者”も珍しくない。足りない分は親戚や友人に送ったり、自分で購入することでノルマを達成するのだ。これを職員の問では「自爆」と呼ぶ。
 「この前、課長が新居に引っ越したのでお祝いに行ったら、部屋に山積みになっている『めんグルメ』を職員が発見して皆で大笑いしたことがありました。あまりに大量に“自爆”したので、食べきれない分が残っていたのです」
  とMさんは笑う。
  管理職をそこまで駆り立てるものはズバリ「退職後の天下り」である。郵便局も企業と同様、新入局員はヒラの当務者からスタートし、主任、総務主任、課長代理と役職がついていく。ここまでが「一般職員」である。
  この後は副課長、課長、局長という「管理職」のポストとなるが、彼らには通常、天下りという特典がある。天下り先の相場は「年収1000万円前後、平均2年の勤務で退職金約2000万円」とかなり魅力的。しかも役職が上がるほど天下りの条件も良くなっていく。こんなニンジンがぶら下がっていれば、管理職が日々せっせと「自爆」に励むのも合点がいく。
  これに比べ、一般職は冷めている。一般職から管理職に進める人数は限られている。つまり、大方の職員にとってみれば、「ふるさと小包」は、文字どおリタダ働きに終わる公算が高いからだ。
  加えて、郵政公社のもとでは新しい人事制度が始まる。郵便事業の黒字化には業務費の7割を占める人件費削減が不可欠として、「1万5000人の人員削減」(職員数は29万4000人)とともに「実力に基づく賃金体系」が導入されるのだ。
  従来は、一般職のままでも年齢に応じて給料が上がる「年功序列型」だったが、今後は実績主義となるため、営業成績が悪ければ給料が下がることを覚悟しなければならない。2年連続で評価が低い職員には上司との対話指導による再研修を実施、それでもダメなら3年目には「降任・降格」(減給)が待っている。これらは、新人事制度にある「降任・降格システム」に明記されている。
 「職員にとってやり甲斐、働き甲斐のある仕掛けを構築する」という生田総裁の言葉とは裏腹に、職員はますますやり甲斐のない仕事に駆り立てられていく。「お偉方の天下り人生を支えるため」無料奉仕するのだから当然だ。

  コインの裏表

  全国の郵便職員が「ふるさと小包」のノルマに追われ、自爆までしている一方で、商品が売れるたびに7%の手数料が転がり込んでいるのが、典型的な“郵政ファミリー”のひとつ、「財団法人 ポスタルサービスセンター」(以下ポスタルセンター)である。実際、郵便局でかき集めた50種類のチラシを見ると、すべてこの財団の名前が入っている。ボスタルセンターはチラシを作り、営業活動を“代行する”郵便局に送って、あとは事務所で注文を待つだけで7%の手数料を稼ぐ。生産者と郵便局の問に入る「仲介ピンバネ」業者といっても過言ではないだろう。
  ポスタルセンターが設立されたのは67年。当初は「郵便番号制度の普及」などを活動目的としていたが、その後、「ふるさと小包」に関わるようになる。郵便事業が赤字に苦しむなか、同財団の売り上げは順調に伸び、平成13年度には約33億円を記録している。
  同財団の理事長ポストには、歴代の事務次官をはじめ幹部クラスの郵政官僚たちが天下っている。現在の天野定功理事長は元総務省(旧郵政省)総務審議官。前任者の品川萬里氏は元郵政審議官で、それ以前の三人の理事長は元郵政事務次官だ。約90人のボスタルセンター職員のうち、なんと「約8割が郵政OB」(同財団総務部)なのだという。
  赤字に苦しむ郵便局ではノルマに追われた職員たちがタダ働きや自爆までして奉仕する一方、大した苦労もせずにピカピカの黒字決算を続けるファミリー企業 ― 郵便局とポスタルセンターとの関係は、まさに「片面だけ磨かれつづける」一枚のコインの裏表。 「ふるさと小包」が廃止されないのは、天下り先を失いたくないためと、勘ぐられても仕方がない。
  このような疑問に対し、ボスタルサービス側は次のように反論する。
 「われわれは郵便局にチラシを寄付することで手数料をいただいているのです。郵便局にとっては、『ふるさと小包』が注文されるごとに送金手数料70円が発生するし、小包の量も増えます。ギブアンドテイクの関係で、何ら問題があるとは思っていません」(同総務部)
  しかし、郵便事業における小包業務はー個あたり12.5円、総額で51億円もの大赤字であり(総務省『日本の郵便2002』)、しかも「ふるさと小包」には送料を大幅に値引く大盤振る舞いで、一個平均の赤字額は通常の小包よりも大きいことはまず疑いない。
  郵便局員の労働組合のひとつである「郵政産業労働組合(郵産労)」は、長年にわたって「小包」営業の抜本的改革を主張している。
 「民間企業であれば、『ふるさと小包』はとっくに不採算事業として切り捨てているはずでず。少なくとも職員に営業活動をさせるのであれば『ふるさと小包』の関連企業と郵政公社との問で正式な『訪問販売委託契約』を結ぶ必要がありまず。ファミリー企業は職員の営業活動費用を負担すべきです」(田中諭中央執行委員長)
  ファミリー企業への天下りについて調査を行っている矢島恒夫代議士(日本共産党)によれば、98〜01年度の4年間で少なくとも822人の郵政官僚が179社に天下っていることが判明している。たとえば4年間で63人が天下っていた「日本オンライン整備」は、郵便局のATMの保守点検業務を独占的に行うファミリー企業だ。現在の会長は郵政省官房資材部長だった松澤経人氏、前任者の会長は元郵政事務次官の小山森也氏。社員数約250人ながら、110億円近い売り上げを誇っている。剰余金は約38億円とまさに“超優良企業”である。
  制服は「華山商事」、郵便局舎の設計は「ニッテイ建築設計」、局舎の建設なら「互興建設」・・・・・・といった具合に郵政事業には無数のファミリー企業が群がっている。郵政公社が独立採算を目指すなら、即刻、郵政ファミリーとの関係を断ち切ることを最優先課題にすべきなのだ。

  「トヨタ生産方式」の導入

 「一部郵便局でトヨタ生産方式の導入実験を開始するなど内部は怒濤のような勢いで変わりつつある」(生田総裁)
  郵政三事業の黒字化を目指す郵政公社は、経常利益1兆円の原動力とされる「トヨタ生産方式」に白羽の矢を立てた。そして新経営陣の副総裁として高橋俊裕・トヨタアドミニスタ社長(元トヨタ自動車常務)を迎え入れて、脇を固めつつ、今年1月、埼玉県越谷市にある越谷郵便局で導入実験をスタートさせた。
  トヨタ本社の物流企画部、生産調査部社員ら7人を中心とするプロジェクト推進チームが来年4月まで1年以上にわたって常駐することが決定、「トヨタプロジェクト推進室」を新たに局内に設け、すぐに郵便局員の作業の現状分析に取りかかったのだ。
  ビデオカメラを片手に職員の一挙一動を記録、作業に要した時間はストップウォッチによって秒単位で計られ、歩いた歩数までが万歩計でカウントされることになった。改善すべきポイントを指摘し、ムダな作業を徹底的に排除するためだ。
 「実験」開始からわずか1カ月ほどで改善項目は400を超えた。導入実験の担当者は次のように説明する。
 「『ムダ・ムリ・ムラの排除』がモットーであるトヨタの生産方式を導入したのは郵便局の効率向上をはかるためです。まずは基礎データの収集から始め、最終的にはマニュアルを作ってもらうことにしています」(郵政事業庁郵務部管理課)
  トヨタ生産方式のルーツは、二代目社長の豊田喜一郎氏が自ら作成した、厚さ10pのマニュアルに端を発する。有名な「ジャスト・イン・タイム(必要なものを、必要なときに、必要な分だけ供給する)」の考え方を盛り込んだもので、現在、同社の生産方式はトヨタの枠を超えて全国のメーカーや金融機関、地方自治体にまで広まりつつある。
  越谷局で作成されることになるマニュアルは、郵政改革の“バイブル”になることが期待されている。来年4月以降、このトヨタ生産方式は、全国の郵便局に導入される予定になっているからだ。現在、プロジェクトチームのメンバーが作成している「現状分析レボート」は、郵便局内の業務の改善事項を指摘したもので、将来、全国の局員が手にするマニュアルの基礎データになるはずである。
 「当方で作成した資料ではないので公開することはできない」(同郵務部)とのことだったが、後に一部を入手したところ、
 「何故計画と実績がバラつくのか?何故問題にならないのか?」
 「組立人員を除いて見ても午前中の負担大!! 何故? そもそも基本計画がおかしいのでは!」
 「全て計画通りピッタシカンカン!! 本当にこれでいいの?」
  などと、確かにトヨタ側の人間による手厳しい書き込みが並んでいる。
 「トヨタ生産方式の郵便事業への応用 へ」と題された文書には、
 〈郵便事業の諸課題(コスト削減、品質向上、経営管理の高度化、非常勤職員の活用)を実現するためには、まず「作業の標準化」等が必要である。(中略) トヨタ生産方式を参考とし、郵便事業に応用することにより作業の標準化等を速やかに進め、もって諸課題の早期解決に資する〉
  とある。だが、郵政公社が本当に改革を目指すのであれば、郵便物の輸送・集配作業といった問題に限らず、郵便局に付随するさまざまな事業を独占、高コストの原因になっているファミリー企業の「ムダ・ムリ・ムラ」こそ見直されなければならないはずだ。トヨタ生産方式の目的があくまでコスト削減にあるなら、いずれは避けて通れない問題になるのは必至である。
  ファミリー企業と並ぶ利権の温床といわれる「特定郵便局制度」も、現時点では改善対象とされていない。
  郵便局には、都市部に多く規模の大きい「普通郵便局」、委託を受けて窓口事務を行う「簡易郵便局」、そして職員が数人規模の小さな「特定郵便局」がある。全国に約2万5000ある郵便局のうち、実に4分の3にあたる約1万9000局が特定郵便局だが、ピラミッド式に組織化されており、選挙のときには自民党の「集票マシーン」として活動するウラの顔も持っている。一昨年の参議院選では郵政OBの高祖憲治候補を支援し比例2位の当選に貢献したものの、郵政関係者の大量逮捕で高祖氏は辞職に追い込まれた。特定郵便局長たちがリスクを冒してまで選挙応援をするのは、自らの利権を守るために他ならない。
  特定郵便局長の平均年収は約900万円で定年は68歳まで延長可能。また自宅が郵便局のため、全国平均で430万円強の年間賃貸料収入も懐に入る。特定郵便局長を“世襲”させることも可能だ。一応、試験はあるが競争率は1.1倍で無競争状態に近い。
 「特定郵便局ごとに局長を置くのではなく、2〜3局を兼任させればよい」 「統合すればよい」といった見直しの声が絶えないのはこのためだ。
  当然、トヨタ生産方式で特定郵便局のムダも排除していくのかと思ったが、やはり郵政側の消極的な姿勢が目立った。
 「現在、トヨタ生産方式の導入実験が行われているのは普通局の越谷局であり、特定郵便局では行われていない」(同郵務部)
  トヨタ生産方式という“花火”を打ち上げ、民間の効率性を導入すると強調する一方、「乾いた雑巾を絞る」と評されるトヨタ生産方式の改善対象を狭く限定し、ファミリー企業や特定郵便局長制度には目をつぶる―利権温存の疑いを払拭できるか否かで、期待が高い生田改革の“真価”が問われることになるだろう。

  郵貯運用の実態

  郵政公社の6階奥には、通称「ルーム」と呼ばれる特殊な部屋がある。部外者の入室は一切禁止。入口のドアはオートロックがかかり、IDカードがなければドアを開くことはできない。およそ10m四方の部屋の中では職員たちがテキパキと動き、部屋の奥にある細長い形をした大型電光掲示板には、赤いランプの数字がずらりと並んでいる。この部屋こそ、約237兆円という巨額の郵便貯金の運用を行うための「ディーリング・ルーム」なのだ。1階上に同様の「ルーム」をもつ簡易保険の約123兆円分も合わせれば約360兆円。その光景は、郵政公社が“世界最大の金融機関”であることを改めて実感させてくれる。
  郵貯・簡保資金の運用は、3年前までは財務省(旧大蔵省)理財局に預託されていた。しかし、その資金が「財政投融資」(財投)として特殊法人に貸し出され、採算性を度外視した高速道路やODAなどにつぎ込まれた結果、少なからぬ額が不良債権化している。小泉首相が郵政改革を訴え続けた目的は、郵政民営化により特殊法人への資金を断つことだった。いわゆる「入り口・出口」論である。
  そしてこの問題がクローズアップされた結果、2001年から財投は段階的に縮小され、郵貯・簡保の自主運用額が増えることになった。
 「財務省まかせ」から「郵政官僚による自主連用」への転換のなかで、小泉改革の落とし子=郵政公社が果たすべき使命は明らかだ。すなわち、特殊法人への資金供給を断ち、官から民へと、資金の供給先を自由な市場にシフトさせることである。
  だが、そこで問題になるのは郵貯・簡保運用の担い手だ。橋本内閣時代に行政改革会議事務局長を務め、郵政改革にも精通する水野清氏が語る。
 「一口に郵政公社の自主運用といっても、はたして巨額の運用が“素人”だけでできるのか。海外のヘッジファンドら『プロ』と渡り合えるのか」
  水野氏は金融業界の専門家らの話をもとに、「本格的な郵貯・簡保運用のためには運用担当者だけではなく、事務職や技術者も含めて1万人規模の人材養成が必要だ」と主張する。
  郵貯・簡保の運用を行う「運用職員」の数は、今年3月の時点で合わせて131人(地方公共団体への「貸付担当」を加えると約300人)。民間金融機関と同様に、現場で売買に携わる「フロント」、リスク管理や運用方針を決定する「ミドル」、事務処理のサポートを行う「バック」に役割分担されている。
  運用職員は、本省採用の職員よりも、むしろ、郵便局から選抜された職員を中心に構成されている。たとえば東京・国立市の郵政大学校にある「資金運用コース」などで研修を受けた職員が配属される。その後、証券アナリスト試験を受けて資格を取ったり、国内外の民間金融機関に派遣されて研修を重ねる者もいる。民間金融機関出身で中途採用された担当者も1人いる。
  たしかに自主運用体制は整いつつあるようだが、公社移行後の運用のボートフォリオ(資産の組み合わせ)を見る限り、小泉改革が目指す「官から民(市場)への資金シフト」が起こりつつあるとは、お世辞にも言い難い。
         郵便貯金   簡易保険
 国内債券  96%以上  75〜95%
 国内株式   2%以下   2〜 6%
 外国債券   3%以下   2〜 6%
 外国株式   1%以下   0〜 3%
 短期運用    ――     1〜10%
  国内債券の割合が他を圧倒している。国内債券のうち約8割は国債や地方債だが、中には特殊法人へ流れる「財投債」(国債の一種)も含まれており、採算性の乏しい高速道路の建設費にもなりうる。つまり郵政公社の自主運用とはいえ、財投債を介した特殊法人への資金供給は現在も続いているのだ。むろん、財投債以外の国債も一般財源として公共事業予算になる。「『官から民へ』という小泉改革の流れとは異なるのではないか」との質問に対し、郵政事業庁貯金部ではこう反論する。
 「郵政公社の目的とは郵貯や簡保といった事業を適切に運営することであって、民間に資金を流すことが目的ではありません。郵便貯金の運用で最も重要なのは、いかに元本保証しながら利払いをするかという点にあります。国際分散投資といっても郵便貯金が円貨建の負債である以上、為替リスクがありますし、株式運用もリスクが大きい。国内債中心のボートフォリオになったのはこのためです」
 「安全を最優先」という郵貯側の論理は一見正論のように思える。だが、郵貯・簡保のポートフォリオについて、金融工学の専門家で中央大学教授の今野浩氏は次のように語る。
 「運用の教科書に必ず載っている『すべての卵を一つの籠に入れてはいけない』という分散投資の基本原則からは、明らかに外れていますが、このボートフォリオは、ある意味では仕方がない面もあります。国債の比率を下げようとしても額が巨大すぎるために、価格下落を招く恐れがあって売るに売れないからです。もっと前から国際分散投資をしておくべきでしたが、政府は『為替リスクがある』として国債中心の運用方針を変えなかった。長年のツケがこのボートフォリオに表れているともいえるでしょう」

  最後のチャンス

  そもそも国債は安全なのだろうか。日銀OBの木村剛氏(KFi代表)をはじめ、国債暴落やキャピタル・フライト(資本逃避)のリスクを警告するエコノミストは決して少なくない。へッジファンドなどの海外金融機関が、通貨の乱高下を狙って円売りを仕掛けてくる可能性もある。
 「安全運用」の名のもとに分散投資の鉄則を破り、リスクがゼロとはいえない国債に依存する ― 郵政公社に郵貯・簡保の連用を任せて大丈夫なのだろうか。
  しかも、このままでは「官から民へ」を目指す小泉改革の成果も望めない。何らかの軌道修正が必要だ。
  日銀出身で参議院議員の大塚耕平氏(民主党)は「郵貯改革」の必要性強く訴える論客の一人である。
 「とにかくいまの郵貯・簡保は大きすぎます。郵貯・簡保の資金を地域分割して運用する形態を検討すべきです。具体的には将来、郵政公社を分割民営化して地方銀行と合併させるなどの方法が考えられます。またイタリアで実績のあるDMO(デット・マネジメント・オフィス)というスタイルを導入してもいい。政府債務、つまり国債発行で集めたお金などの管理連用を専門に行う機関で、民間から腕利きのディーラーを採用して取引を競わせるという方法です。この方法でイタリアは借金大国から脱出したのです」
  いずれも分散投資の鉄則に適っている方法である。郵政公社誕生によって改革は終わったのではなく、郵貯・簡保改革も視野に入れた積極的な議論が巻き起こることを期待したい。
                         *
  郵政公社は誕生したが、ここまで見てきたように郵便業務の一部改善は行われていても、ファミリー企業、特定郵便局制度、巨大な郵貯・簡保の存在 ― と、課題は山積している。ロゴマ−クと総裁が代わっても「改革」が成し遂げられなければ意味はない。
  もし、小泉首相に「まだ」郵政改革の熱意が残っているならば「郵政改革工程表」を示すべきだ。ファミリー企業との癒着や特定郵便局制度は何年後までに清算し、官から民への資金供給先のシフトも一年間で何%進めるといった詳細な日程を書き込んだものだ。小泉首相にとって郵政改革は、信頼回復の最後のチャンスなのではないだろうか。

                       よこた・はじめ   1957年生まれ。公共事業を めぐる政官業の
                                    利権構造をテーマに精力的に取材活動を行う。
                                   著書に『政治が歪める公共事業』ほか

 
 
   




   
(03/07.09)
 

トヨタのライン労働3ヶ月で見た
工場を覆う「可視化」のシステム

                   トヨタ生産方式は、工場現場でどのように運営されているのか。労
                   働研究者である筆者は期間工として3ヶ月半、トヨタの工場で働き、
                   現場の実態に迫った。

井原 亮司(いはら りょうじ)   
(一橋大学院社会学研究科博士後期課程)

 
エコノミスト(03/06.24)
 
    「トヨタ生産システム」を導入するだけでは、トヨタ自動車の強さは手に入らない。その原理と運営方法には大きな遠いがあるからだ。そこで、私は、トヨタの現場運営の実態を明らかにするため、2001年の7月24日から11月7日の約3ヶ月半にわたり、期間従業員としてトヨタの工場で働いた。短期間の労働であり、担当作業も限られていたが、自らの労働経験を通して、現場の一端を知ることができたと考える。

  ライン作業の実態

  私の配属先の工場は、トランスミッションなどの駆動部品を生産しているユニット工場だった。工場全体には鋳造、鍛造、焼結、加工、熱処理、組付(組み付け) ― などの諸工程がある。配属された組は、ライン全体の最後部にあたるサブ組み付けラインと検査・梱包ラインだった。組員の数は20人(配属時、105ページの表参照)。私は、主に、生産部品を検査・梱包ラインへ運搬する作業を担当し、時折、組み付け作業にも駆り出された。
  運搬作業の内容を簡単に説明しておこう。検査、梱包係から返された空箱(部品を入れる箱)を部品置き場まで台車で運び、返却した箱の数だけ新しい箱(部品入り)を洗浄機(部品を熱処理するための機械)にかける。そして、洗浄機から出てきた箱を検査・梱包係の前まで運搬する。その後、最初に戻り、検査・梱 包係から返却された空箱を台車に積む。この繰り返しである。
  厳密に決まっているわけではないが、一連の作業を3分ほどで、つまり、1日で160回ほど行う。作業は早ければ半日で、遅くても2、3日で習得できるほど単純なものである。しかし、「単純な作業」即ち楽な作業)というわけではない。
  1日の作業中の歩数を万歩計で計測したところ、2万1367歩(13日分の平均値)であった。歩幅を70pとして計算すると約15q、80pとして計算すると約17qということになる。もちろん、作莱者はその距離をただ歩けばいいわけではない。種類によって10sから20sと異なる重さの箱を台車に積み、運搬し、降ろす。しかも、部品は、洗浄機の中で60〜80度の洗浄液に浸され、80〜100度の熱風にさらされる。そのため、洗浄機の周り全体がその余熱で耐え難く暑い。私は、3カ月半で7sほど痩せた。別の組で同じ作業を任された同期の期間工2人は、期間を満了することなく退社した。
  さらに、運搬作業者には、精神的な負担もかかる。例えば、任されたラインは最終工程なので、もし部品 を間違った場所へ運搬し、検査・梱包係も気づかなければ、そのまま組み立て工場へ翰送されてしまう。職制は、「絶対に作業ミスをするな」とことあるごとに注意してくるが、決して容易なことではない。部品の種類は20種類もある。
  組み付け作業も同様にきつい。ラインスピードが速いからだ。同期入社の同僚たちは、スピードに適応で きるまでに1カ月以上もかかった。

  何が労働者を「自律的」にさせるのか

  ライン労働者は、毎日毎日、このような単純作業を繰り返している。
  とはいえ、多少といえども「自律性」を発揮することは可能だ。例えば運搬作業の場合、機械の故障で生 産が遅れた部品を優先的に運搬するなど、前後工程の進捗具合との調整を行わなければならない。そこに、個人の技量が入り込む余地がある。また、よく知られるように、現場労働者は、QCサークルや「創意くふう提案」といった改善活動を通しても自律性が発揮できる。
  これら「自主的」な諸活動こそが、トヨタの現場の強さを生み出す源泉として、大いに注目されてきた。以下、その実態を確認しよう。
  QCサークルは月2回、通常業務のあとに1時間ほど行われる。自主的な活動といわれるものの、実質的には、期間従業員も含めた全員が「参加」を義務づけられている。残業代も支給される。創意くふう提案は月1回、各自、自宅で検討してくる。これも実質的には強制であり、提案レベルに応じて、最低500円、最高20万円の賞金をもらえる。
  ただ、QCサークルの活動が行われるときには、多くの労切者は通常業務に疲れ切っており、ほとんど発言をせず下を向いている。時間がたつのをひたすら待っているという印象だ。特に2直の場合には、夜中の1時や2時に行われる。その点を考えても、サークルが盛り上がらないのも無理はない。
  創意くふう提案では、ほとんどの人が締め切り直前に無理やり捻り出すか、または、締め切り期限を過ぎても催促されない限り提出しない。両活動とも、とても自主的な活動といえるようなものではなかった。
  だが、一般の労働者による改善活動は完全に形骸化しているのかといえば、必ずしもそうではない。一段の労働者も、改善活動をせざるを得ない状況に追い込まれているからである。各職場は、慢性的に人手不足である。ここの組の生産台数は、3カ月半の間に、1直当たり613台から始まって、630台、700台、705台、720台と徐々に増えていった。逆に、作業者数は、その間、1人しか増えていない。組合も認めていることであるが、現場は、組長(グループリーダー)でさえもラインに入らざるを得ない状況に追い込まれており、その日のノルマをこなすことで精一杯である。
  運搬作業の定員数を見てみると、配属時には、1.5人であったが、途中から1人に減らされた。生産台数の増加に対応するために、同一組内でも、特に組み付けラインに、より多くの人を回す必要が生じたからだ。
 「どこかで人を減らして組み付けへ回さないと、職場を運営していくことができなくなる」と、“上”の者は言う。そこで、しぷしぷ人員削減を受け入れた我々作業者は、運搬作業の負担を軽くするため知恵を出し合った。
  一例を挙げると、それまでは、右側の大型車用の部品を搬入する場合にも、レールに車輪を沿わせ左側から横付けして、右側へと通り抜けなければならなかったが(103ページ図参照、改善前)、右側から横付けた方が、運搬距離を短くすることができる。そこで、レールの右端も「八の字型」に改善することで、右側からも台車を横付けできるようにしたのである(同、改善後)。
  この改善による直接的な効果は、運搬時間の十数秒ほどの短縮にすぎない。だが、些細な改善活動を積み重ねていくことで、労働負荷を軽減することが可能なのであり、ラインから1人、また1人と、労働者を抜くことも可能なのである。
  さらに、組み付けの生産台数の増加に対処するため、検査・梱包ラインから組み付けラインへ応援に行くこととなった。2時間ごとに、運搬作業(検査・梱包作業)と組み付け補助とを交互にやる。このような「柔軟な対応」がごく日常的に行われている。

  労働者を「試す」管理

  では、経営側が、現場にある程度の「自由裁量」を認め、「挑戦的な課題」を与えさえすれば、現場は、どうにかその課題をこなしていけるのであろうか。従来の多くの研究では、大きく分けると、二つの管理の有効性を前提にして議論してきた。
  一つは、生産システムによる管理と、もう一つは、手の込んだ人事労務管理である。しかし、労働者は、それらのいわば間接的な管理の下に置かれるだけで、経営側の論理にしたがって働くのであろうか。
  トヨタ車の品質の高さは有名であるが、労働現場では、非常に高い品質が求められている。私が当時つけていた日記から、具体例を挙げよう。
  ある組に与えられた年間目標は「生産台数10万台につき不良品を2.8台以下に抑えよ」。実質的に「不良品は一つも出すな」ということであった。ただし、職制たちがいくら声高に品質の高さを求めたからといって、労働者はその要望に応えられるわけではない。
 10月22日(月)
  検査・梱包係のA君の話によると、ごくたまに、洗浄されていない洗浄箱がそのまま洗浄品シュートに入ってくることがあったという。われわれ洗浄周りの作業者の不注意だろう。その日も、同様のミスがあった。ある部品がいつもより油っぽかったので「洗浄されていないのでは」と、すぐに感じたそうだ。だが彼は、おかしいと思いながら梱包を続け、4〜5箱分くらい梱包し終えたところで、職場りーダーに確認を求めた。はたして、洗浄していないという判断だった。てっきり褒められたのかと思ったら、「なぜ早めに言わないのだ」と、こっぴどく怒られたうえ、組長からは「以前のミスも、お前の不注意じゃないか」と言われたそうだ。その後、A君は組長に監視されたまま作業を行った。

  この騒動はさらに続いた。職場リーダーは、意図的に「誤品」を流して、A君の検査能力を試したのである。幸いにもA君はその誤品に気づいたが「人を信用していないのにもほどがある」と慣っていた。
  こういった事例はかなり特殊なケースかもしれないが、いずれにせよ、労働者はこうした強力な「直接介入」の存在を知っており、その可能性を意識している。だから直接介入がない状況下でも、経営側の意向を「自発的」に汲んで働くのだ。

  いつでも「視られている」

  極めつけは「視える化」だ。労働者は、常に職制に視られる環境下で働いている。
  例えば、検査・梱包ラインでは、生産部品に埃や塵を付着させないため、作業場全体がシートで覆われている。そのシートは半透明で、シート内で働く労働者の動きは、作業場の外からも確認できる。
  さらに、職場には、休憩時問に一息入れたりするための場としてプレハブが設置されており、組長は、業務時間中、その中で事務作業をしていることがある。そのプレハブも、四面を大きなガラスで囲まれているため、組長は事務作業をしながら労働者の作業状況が把握できる。
  経営側は、これらの仕掛けを「視える化」と呼んでいる。労働者は、いつどこから視られているか分からないため、常に手が抜けない。
  しかも監視の目は、経営側の視線だけではない。同僚の視線からも逃れることができない。経営側から生産目標を言い渡されると、自律的な職場運営の名のもとに、余裕のありそうな人に新たな負担が押し付けられる。負担増を避けたいと考えている労働者たちは、常日頃から、大変そうなふりを他の労働者にも見せておかねばならないのだ。
  トヨタの労働現場では、職場環境を「可視化」することによって、経営側の視線が職場に行き渡る。しかも、労働者の眼差しをも媒介することで、職場の隅々にまで行き渡っている。職場全体が、いわば「相互監視の場」となっている。労働者は、実際には監視されていなくても、監視下にあると意識させられることで、経営側の論理に沿って働いているのである。

                           伊原疏司 1995年、 一橋大学商学部卒。現在、
                                  一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程在学
                                  中。著書に『トヨタの労働現場』(桜井書店)がある。